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企業の社会的責任
2003

  
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博士論文 / 年表 /

 

【洋文献】

◆Drucker, F. Peter. (2003). "The Ethics of Responsibility," Jennings [2003:47-51] from 1973.Management: Tasks, Responsibility, Practices. HarperCollins Publishers, Inc.

◆Francis, Ronald and Armstrong, Anona. (2003, Jul). Ethics as a Risk Management Strategy: The Australian Experince. Journal of Business Ethics Dordrecht 45.

◆Giolia, D. (2003). "Business Organization as Instrument of Social Responsibility," Organization. 10,(3), 435-438.

◆Goider, M. (2003). Redefinging CSR, Tomorrow's Gompany.

◆Hopkins, M. (2003). The Planetary Bargain: Corporate Social Responsibility Matters. London: Earthscan.

◆Jennings, M. Marianne. (ed.). (2003). Business Ethics Case Studies and Selected Readings4th ed. Thomson Learning, Ohio.

◆Jonker, J. (2003). "In Search of Society: Redefining Corporate Social Responsibility, Organizational Theory and Business Strategies," in Batten, J. A., & Fetherson, T. A. (Eds.). Social Responsibility: Corporate Governance Issues, Vol.17 Amsterdam:JA, 423-439.

◆Lewis, S. (2003). "Reputation and Corporate Responsiblity," Journal of Communication Management. 7(4), 356-364.

◆McAleer, Sean. (2003). "Freidman’s Stockholder Theory of Corporate Moral Responsibility," Teaching Business Ethics,74.437-51.

◆Marcel van Marrewijk. (2003, May). Concepts and Definitions of CSR and Corporete Sustainability: Between Agency and Communion. Journal of Business Ethics 44.

◆Prahalad, C. K. (2003). "Strategies for the Bottom of the Economic Pyramid: India as a Source of Innovation," Reflections: The SOL Jornal. 3(4), 6-18.

◆Roberts, J. (2003). "The Manufacture of Corporate Social Responsibility: Constructing Corporate Sensibility," Organization. 10(2), 249-265.

◆Schwartz, Mark S., & Carroll, Archie B. (2003). "Corporate Social Responsibility: A Three-Domain Approach," Business Ethics Quarterly. 13(4), 503-530.

◆Van Marrewijk, M. (2003). "Concept and Definitions of CSR and Corporate, Sustainability" Journal of Business Ethics. 44, 95-105.

【書籍】

◆アジア・太平洋人権情報ネットワーク (2004) 『企業の社会的責任と人権』, 現代人文社

◆環境報告書ネットワーク 編 (2003) 『CSRと持続可能性報告』,環境報告書ネットワーク研究会活動報告書

◆みずほ総合研究所 (2003) 『CSR(企業の社会的責任)概念の展開』, みずほ総合研究所(みずほリポート)

◆南村博二 (2003) 『企業経営学――社会的責任投資(SRI)時代の経営学』, 学文社

◆中原俊明 (2003) 『米国における企業の社会的責任論と法的課題』, 三省堂

◆中村瑞穂ほか (2003) 『経営学――企業と経営の理論』, 白桃書房

◆高巌・ドナルドソン T (2003) 『新版 ビジネス・エシックス――企業の社会的責任と倫理法遵守マネジメント・システム』, 文眞堂

◆高巌・辻義信・スコット T デービス・瀬尾隆史・久保田政一 共著 (2003) 『企業の社会的責任――求められる新たな経営観』日本規格協会

◆梅澤正 (2003) 『企業と社会――社会学からのアプローチ』, ミネルヴァ書房

【論文】

◆部落解放・人権研究所 編 (2003) 「特集 企業の社会的責任と評価」,『部落解放研究』, 154, 部落解放・人権研究所, 28-39.

◆千葉貴律 (2003) 「企業の社会的責任(CSR)に対する会計アプローチ」,『経理知識』, 82, 明治大学経理研究所, 15-31.

◆伊吹英子 (2003) 「経営戦略としての『企業の社会的責任』」,『知的資産創造』2003.9, 54-71  [pdf File]

◆伊吹英子 (2003) 「社会投資としての社会貢献活動の戦略化と評価制度構築(10) CSR(企業の社会的責任)の3つの本質――競争優位を築くために」,『Business research』, 953, 企業研究会, 80-82.

◆伊吹英子 (2003) 「NAVIGATION & SOLUTION 経営戦略としての『企業の社会的責任』」,『知的資産創造』, 11(9), 野村総合研究所広報部, 54-71.

◆IMF-JC組織総務局 編 (2003) 「特集 企業の社会的責任とは!!――企業行動規範への対応」,『IMFJC』, 272, IMF-JC金属労協 ,4-27.

◆神野雅人 (2003) 「CSR(企業の社会的責任)概念の展開」,『みずほ総研論集』, 1, みずほ総合研究所調査本部, 95-128.

◆海外事業活動関連協議会 編 (2003) 「特集 CBCC対話ミッション――米国・欧州におけるCSR(企業の社会的責任)」,『ステークホルダーズ』2003(3) 

◆海外事業活動関連協議会 編 (2003) 「特集 セミナー・会合報告関西セミナー「企業の社会的責任の国際的動向とわが国企業の対応」,『ステークホルダーズ』 2003(2)

◆川村雅彦 (2003) 「2003年は『日本のCSR経営元年』――CSR(企業の社会的責任)は認識から実践へ 上 下」,『財経詳報』, 2339-40, 財経詳報社, 9-13, 37-41.

◆川村雅彦 (2003) 「2003年は『日本のCSR経営元年』――CSR(企業の社会的責任)は認識から実践へ」,『ニッセイ基礎研report』, 76, 16-23. web pdf

◆河村幹夫 (2003) 「企業の社会的責任の動向」,『電気協会報』, 948, 日本電気協会, 25-27.

◆経済同友会 編 「特集 シンポジウム 企業の社会的責任(CSR)――我々のイニシアティブ」,『経済同友』, 646

◆経済同友会 編 「第15回 企業白書,『市場の進化』と社会責任経営企業の信頼構築と持続的な価値創造に向けて」 経済同友会 web web

◆小林陽太郎・伊丹敬之 (2003) 「激論!経営者の責任、マーケットの論理――経済同友会前代表幹事が最後に投げかけた『企業の社会的責任』とは」,『プレジデント』, 41(10), 104-109.

◆久保田政一 (2003) 「わが国経済界のCSRへの取組み」(高 他 [2003:161-186] 所収)

◆松野弘・合力知工 (2003) 「転換期における企業の社会的責任論――企業行動の社会化への視点と『社会的評価経営』への方向性」,『企業診断』, 50(9), 同友館

◆松野弘・野村千佳子 (2003) 「視点 企業倫理と企業の社会的責任の位置――企業倫理論の限界と有効性」,『企業診断』, 50(11), 中小企業診断協会, 86-93.

◆松野弘・野村千佳子 (2003) 「企業倫理と企業の社気的責任の位置――企業倫理論の限界と有効性」,『企業診断』11月号 同友館

◆松本恒雄 (2003) 「企業の経営システムと標準化――CSR(企業の社会的責任)が目指すもの」,『標準化と品質管理』, 56(11), 日本規格協会, 11-15.

◆水村典弘 (2003) 「経営学における利害関係者研究の生成と発展――フリーマン学説の検討を中心として」『第十輯,『経営学史年報 現代経営と経営学史の挑戦――グローバル化・地球環境・組織と個人 経営学史学会編』, 文眞堂

◆宮前忠夫 (2003) 「EUで『企業の社会的責任』認識はどう確立されたか――EUの共通認識に押し上げた労働者・国民のたたかい」,『前衛』, 770, 日本共産党中央委員会, 88-100.

◆宮前忠夫 (2003) 「紹介 EU『企業の社会的責任』政策論議が新段階へ――欧州委が『緑書』への回答集約と新戦略を通達」,『労働法律旬報』, 1554, 旬報社, 41-43.

◆宮前忠夫 (2003) 「『企業の社会的責任』に関する委員会の通達(全文)――持続的発展に向けた企業の貢献(欧州委員会、二〇〇ニ年七月二日、ブリュッセル)」,『労働法律旬報』, 1554, 旬報社, 44-59.

◆宮澤すむ子 (2003) 「環境報告書における環境会計の意義(3)――企業の社会的責任としての環境報告書監査を中心にして」,『雪国環境研究』, 9, 青森大学雪国環境研究所, 19-34.

◆森田章 (2003) 「コーポレートガバナンスの改革と企業の社会的責任」,『月刊監査役』, 469, 9-13.

◆村上浩之 (2003) 「企業の社会的責任論における民事責任論の意義」,『熊本学園商学論集』, 9(2), 151-169.

◆長坂寿久 (2003) 「『企業の社会的責任』/『社会責任投資』とNGO」『季刊 国際貿易と投資』Autumn (2003), 53.

◆中原俊明 (2003) 「論文紹介 D.M.ブランソン『コーポレイト・ガバナンス改革と新しい企業の社会的責任』」,『志學館法学』, 4, 31-45.

◆西口徹 (2003) 「シンポジウム・企業の社会的責任――21世紀の新たな企業戦略」,『部落解放研究』, 152, 部落解放・人権研究所, 87-93.

◆西脇敏男 (2003) 「商法改正とコーポレート・ガバナンス(6)――コーポレート・ガバナンスと企業の社会的責任」,『銀行法務21』, 47(7), 経済法令研究会, 56-62.

◆日本貿易会 編 (2003) 「特集 企業の社会的責任(CSR)」, 『日本貿易会月報』, 608 web

◆日本ILO協会 編 (2003) 「特集 2003年度ILO海外労働事情調査団報告書 企業の社会的責任と労使の役割――企業の社会的責任をめぐる欧州先進国の動向」,『世界の労働』, 53(12), 日本ILO協会

◆日本科学技術連盟 編 (2003) 「特集 企業倫理――企業の社会的責任とクオリティマネジメント」,『クオリティマネジメント』, 54(5), web

◆日本経済団体連合会編 (2003) 「特集 企業倫理の確立と企業行動の新たな展開――企業倫理確立に向けたわが社の取り組み」,『経済trend』, 51(10),  web

◆日本経済新聞社 編 (2003) 「特集 企業の社会的責任と広告」,『日経広告手帖』, 47(12), web 

◆日本労働組合総連合会総合国際局 編 (2003) 「特集 経済のグローバル化と労使の社会的責任」,『連合国際レポート』, 21 , 2-13.
 栗山直樹 (2003) 「企業の社会的責任と労働基準をめぐる国際的動き」, 2-3.
 高澤滝夫 (2003) 「『企業の社会的責任』に対する日本経団連の取り組み」 , 4.
 中嶋滋 (2003) 「企業の社会的責任・説明責任を明らかにさせる国債労働組合連合運動の取り組み」, 5-7.
 薗田綾子 (2003) 「GRI設立経緯と最新版ガイドラインのミッションとは?」
 内田孝太郎 (2003) 「企業の社会的責任に関する世界労働組合会議とCINE/TUAC合同会議」, 9-10

◆日本消費者協会 編 (2003) 「特集 大手企業6社に聞く――企業の社会的責任とお客様相談室」,『月刊消費者』, 611, 日本消費者協会

◆日本総合研究所 編 (2003) 「特集 日本総研シンポジウム 企業の社会的責任――21世紀の新たな企業戦略」,『Japan research review』, 13(8), 日本総合研究所 web

◆坂清次 (2003) 「企業の社会的責任と労働安全衛生マネジメントシステム」,『労働の科学』, 58(11), 労働科学研究所出版部, 645-648.

◆宣伝会議 編 (2003) 「特集 経営者に聞く――リーダー企業の社会的責任」,『環境会議』, 20.

◆「市場の進化と21世紀の企業」研究会 編 (2003) 「企業の社会的責任――欧州調査報告、アンケート調査結果」 経済同友会 web

◆商事法務 編 (2003) 「特集 企業の社会的責任と行動基準――コンプライアンス管理・内部告発保護制度」,『別冊商事法務』264 ,1-180. web

◆田中宏 (2003) 「企業倫理の遵守とコンプライアンスの実践――新時代のマネジメントシステムに求められる企業の社会的責任」,『四国大学紀要 Ser.A 人文・社会科学編』, 20, 103-109,

◆谷江武士 (2003) 「大企業の社会的責任と経営分析」,『経済』, 99, 新日本出版社, 102-112.

◆寺沢亜志也 (2003) 「企業の社会的責任――経済改革の重要課題」,『前衛』, 766, 日本共産党中央委員会, 82-95.

◆友松義信 (2003) 「コンプライアンス雑記帳(18) 企業の社会的責任を知っていますか?――CSRとSRI」,『銀行法務21』, 47(11), 経済法令研究会, 58-63.

◆津田秀和 (2003) 「企業の社会的責任の焦点化過程に関する考察(2)――水俣公害の健康被害に関する責任および責任問題の構築過程」,『愛知学院大学論叢 経営学研究』, 12(2), 161-75-84.

◆津田秀和 (2003) 「企業の社会的責任を巡る『責任』感覚の醸成に向けて――事例研究による責任感覚の醸成の可能性」,『経営行動研究年報』, 12, 経営行動研究学会, 72-77.

◆矢野友三郎 (2003) 「ISOとCSR(企業の社会的責任)」,『クオリティマネジメント』, 54(10), 日本科学技術連盟, 40-44.

◆横尾賢一郎 (2003) 「日米比較――企業の社会的責任と会社機関の課題」,『ジェトロセンサー』, 53(633), 日本貿易振興会 ,51-53.

◆横山恵子 (2003) 「日本企業の社会貢献活動の戦略に関する一考察」,『文明』, 3.

◆全国地方銀行協会 編 (2003) 「特集 関心が高まる企業の社会的責任(CSR)」,『地銀協月報』, 521.

 

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【議論】

◆村上浩之 (2003) 「企業の社会的責任論における民事責任論の意義」,『熊本学園商学論集』, 9(2), 151-169.

 (略)近代法の責任原理であった過失責任主義は、現代社会の中で修正を受ける。その場合、過失を要件としない責任(無過失責任)を採用する場合と、過失の証明責任を被害者から加害者に転嫁する場合(中間責任)がある。一つは、判例や法解釈により無過失責任ないし中間責任を認める立場で、フランスにおいては、民法典自身は無過失責任主義に立つが、後の判例や学説は1384条1項「ひとは自己の行為により惹起した損害のみならず、自己が責任を負うべき他人の行為または自己の管理のもとにあるものによって惹起された損害についても責任を負う」に依拠して無過失責任としての「無生物責任の法理」を発展させた。第二はドイツのやり方で、解釈による無過失責任の導入を認めず、個々的に特別法を作って、現代的な自己に対する対応がなされている。(p.159)

 無過失責任とは、過失を要件とせずに賠償責任を負わせるというものであり、独自の帰責根拠が要求されることとなる。(略)第一に、自ら危険を作り出しコントロールする者はその危険の結果である損害について責任を負うべきであるという危険責任の考え方である。第二は、「利益の帰するところに損失もまた帰する」という考え方で、利益を上げる過程で他人に損害を与えたものはその利益の中から賠償するのが衡平であるという報償責任の考え方である。両者は相容れないものではなく、例えば公害において、企業は操業により利益を得つつ損害を発生させており、同時に、危険な活動を自己の支配領域で行っているというように、両者相まって無過失責任を根拠づけるものとして機能する。(p.159)

 危険な活動を行っている企業は、被害者に比べると、その資力、技術いずれにおいても損害発生を回避するのにより有利な立場にある。企業に損失を負担させることは、損失をより少なくするために企業に危険回避の努力を行わせる経済的誘因となる。企業が損失を負担させられても、それを企業活動のコストの一部として製品またはサービスの価格に転嫁し、保険を付する等の方法で損失分散を図りうる。これらのことから危険物の管理者に危険から生じた損失を負担させることは、合理的な理由があるといえる(石本雅男 『無過失損害賠償責任原因論』1984年 法律文化社 40-53)。(p.161)

 企業責任において主観性を要求すると、損害の衡平な分担ができなくなってしまう領域が顕在化したため、責任の主観的側面を要求しない無過失責任が妥当性を持つようになった。労働災害において労働者は賃金こそは得るものの、労働者の労働により利潤を得るのは資本家なのであり、労働の危険に対応した十分な利益を得ていない。そこで、労働による利益を得るものがそれに伴う危険も負担すべきであるという点に無過失責任の正当性がある。このような根拠に基づき適用される領域を拡大してきた無過失責任は、市民間の不法行為においては妥当性を欠くが、企業責任においては企業の経済活動の社会への影響が拡大するとともにさらに重要度は高まるであろう。(p.162)

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◆西脇敏男 (2003) 「商法改正とコーポレート・ガバナンス(6)コーポレート・ガバナンスと企業の社会的責任」,経済法令研究会, 『銀行法務21』, 47(7), 56-62.

 責任は静的に捉えられるのではなく、動的に捉えられる。つまり株式の所有状況という静的関係のみで責任論が論じられるべきではなく、そのような状況の企業が現実にどのように機能しているかという観点、すなわち動的視点から「企業の社会的責任」の主体が捉えられなければならない。(p.59)

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◆梅澤正 (2003) 『企業と社会――社会学からのアプローチ』, ミネルヴァ書房


序 章 「企業と社会」に関する考察――その視点
 1 企業社会と企業現象
第1章 現代社会における企業の存在感
第2章 「企業社会」としての現代日本社会
第3章 社会制度としての企業
 2 企業の社会関係
第4章 独特な日本的構造連関
第5章 会社と社員の関係
第6章 企業の利害関係と企業統治
 3 企業の社会的役割
第7章 企業の社会的存在意義
第8章 企業の社会的責任と経営倫理
第9章 市民派企業論
終 章 企業社会関係の新しい展開

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◆中原俊明 (2003) 『米国における企業の社会的責任論と法的課題』, 三省堂

 
第T部 企業の社会的責任論とその周辺
 第1章 米法におけるCorporate Social Responsibilityの発展と現状
 第2章 ネイダーグループの連邦会社法制定論
 第3章 文献解題

第U部 会社の政治的言論――政治献金と不正支出
 第1章 米国における企業の政治献金をめぐる法と現実
 第2章 米企業の海外不正支出をめぐる法規制――その模索と展開の軌跡を追う
 第3章 関連判例紹介――企業の不正支出につきSECの開示強制権を支持した事例
 第4章 アメリカの「外国腐敗行為防止法」の検証 ――1988年改正までの展望
 第5章 会社の政治的言論権――ペロッティ法理の批判的考察
 第6章 バーガー・コートにおける会社の政治的言論権の拡大――ペロッティ以後の判例を追う
 第7章 会社の政治活動の限界――米国政治献金規制を中心に
 第8章 企業の政治献金とメセナ――日米法を比べてみれば

第V部 株主提案権の動向
 第1章 アメリカ法における株主提案権制度の機能
 第2章 米国株主提案権をめぐる近時の動向――通常業務執行事項vs公益的提案

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◆高巌・ドナルドソン,T (2003) 『ビジネス・エシックス――企業の社会的責任と倫理法遵守マネジメント・システム 新版』 文眞堂


第一部
 序章
 第一章 企業の歴史的進化――企業倫理と健全なコーポレート・ガバナンスを求めて
 第二章 企業の影響力と倫理的課題
 第三章 多国籍企業とビジネス・エシックス
 第四章 ビジネスの社会契約
 第五章 自由主義の経済哲学
 第六章 倫理と権利・義務
 第七章 倫理と市場メカニズム
 第八章 企業倫理の制度化――日米企業の比較を通して
 第九章 企業倫理とビジネス社会の制度改革
 
第二部
 第一論文 経営哲学者に求められるもの――価値選択と企業倫理
 第二論文 新たな企業統治構造とコンプライアンス体制のあり方
 第三論文 「日本再生SRIファンド」を構想する――社会責任投資とビジネス社会の変革
 第四論文 新たな資金の流れが新たな日本を創る――特殊法人改革と社会責任投資の可能性
 第五論文 社会マネジメントシステム

 

 NTTは社会から労働者を雇用し、社会に財・サービスを提供し、社会の通信インフラストラクチャーを充実発展させていく。私的な利益を追求しながらも、NTTはこうした公的機能を果たしていることになる。政府と企業の間にこのような類似性が見られるため、ポリティックスの分野で展開されてきた「社会契約」という図式−少なくともその基本図式−は、そのままビジネスの分野にも応用可能と考えられるのである。(p.108)

 問題があるとすれば「歴史的事実でないために、それは虚構である」という批判である。この批判には次のように答えたい。すなわち、社会契約とは、手で触れたり、目で見たりすることのできない抽象的な概念である。この意味で、それは、建設物や自然物などの具体的な事物とは異なっている。とは言え、それゆえに「虚構である」と結論することはできない。手で触れることのできないもの、また目で見ることのできないもの、それらは即「虚構」とはならないからである。「人権」という概念を例にとって考えてみれば、すぐに理解できよう。それは、人権が宣言され、具体的に成文化されて初めて存在するものとなったのか。多くの識者は、人権はそれを保障する具体的な条文がなくとも、それそれ自身常に存在し続けたと解する。社会契約についても、これと同様の解釈が成り立つわけである。
 最後の批判である「虚構であるがゆえに、倫理的責任の根拠とならない」については、どうであろうか。一歩譲って、社会契約が虚構であると仮定したとしても「虚構であるがゆえに、根拠を提供しない」とは言えない。逆の問い、すなわち「歴史的事実があれば、倫理的責任の根拠を提供することができるのか」という問いを立ててみれば、この点も容易に理解できよう。南アフリカのかつて人種隔離政策、徳川幕藩体制に起源を発するといわれる日本の身分制度などは、たとえ成文化された条項が存在したという歴史的な事実をもってしても、それ自身を正当化することはできないはずである。(p.112)

 もう一つの規範である能力主義は、所有にかかわる特権を批判する時にしばしば用いられる。「能力主義」あるいは「実力主義」とは、才能や天性による素質を持った人が、富裕、幸運、良家の出身者に先んじて利益を得るという原理である。カネではなく、実力が第一となるわけである。ところが、もし社会が所有者の所有物に対する使用を無制限に認めるとすれば、またその所有物の永続的な相続を認めるとすれば、抜群の才能をもった人物であろうと、その能力を発揮させるための手段や機会を手にすることができず、能力主義は絵に描いた餅となる。もっとも、所有者が能力者であれば、この問題は解決されるかもしれないが、企業の所有者である株主はいったいどのような「能力」をもっているというのであろうか。その能力とは、利潤最大化を目標として掲げることであり、倫理的な取り組みを無視することなのであろうか。このように考える時、所有は能力主義の規範に対立するといわざるを得ないのである。(p.194)

 

 

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◆UP:050222/REV:060322,060412,060520,060528,060913,060914,060930,061003,061207,070202,0204,0217,0223,0515,0530,1030,080304,1229,110203,0204,0206