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企業倫理
2002

  
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博士論文

 

【洋文献】

◆Boatright, John R. (2002). "Ethics and Corporate Governance: Justifying the Role of Stockholder" in Bowie ed. . [2002:38-60]

◆Bowie, Norman E. (ed.). (2002) . The Blackwell Guide to Business Ethics. Blackwell Publisher.

◆Byrne, Edmund F., (2002). "Business Ehtics: A Helpful Hybrid in Search of Integrity," Journal of Business Ethics,37. 121-133.

◆Donaldson, Thomas., Werhane, Patricia H. & Carding Margaret. (Eds.). (2002). Ethical Issues In Business A Philosophical Approach 7th edn.. Prentice Hall.

◆Piker, Andrew. (2002). ‘Ethical Immunity in Business: A Response to Two Arguments'. Journal of Business Ethics 36., Netherlands, Kluwer Academic Publishers. 337-346.

◆Post, J. E., Lawrence, A. T. & Weber, J. (2002). Business and Society 10th edn.: Corporate strategy, Public policy, Ethics, McGraw-Hill

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【書籍】

◆安達巧 (2002) 『企業倫理とコーポレートガバナンス――知的資産の有効活用』 創成社

◆稲葉元吉 編 (2002) 『社会の中の企業』 八千代出版

◆経済団体連合会 (2002) 『社会貢献資料――グッドカンパニーへの変革U』 経済団体連合会

◆貫井陵雄 (2002) 『企業経営と倫理監査』, 同文舘出版

◆土屋喬雄 (2002) 『日本経営理念史』, 麗澤大学出版会

◆梅津光弘 (2002) 『ビジネスの倫理学 現代社会の倫理を考える』, 丸善

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【論文・論考】

◆出見世信之 (2002) 「企業倫理の制度化」,『明大商学論叢』, 84(3)

◆合谷美江 (2002) 「企業の文化支援」 所収 斉藤毅憲・石井貫太郎 編『グローバル時代の企業と社会』, ミネルヴァ書房 第2章、第13章 p.13-28,237-52

◆水尾順一 (2002) 「経営倫理監査の内部制度化」,『駿河台経済論集』, 11(2)

◆水尾順一 (2002) 「企業文化と倫理的感受性」,『駿河台経済論集』, 12(1)

◆高岡伸行 (2002) 「ステイクホルダーモデルの企業観とその論理構造」,『経済科学』49(4) p.99-119.

◆田村尚子 (2002) 「日本企業におけるビジネス倫理の意義と」,『経済学研究科研究論叢』, 学習院大学大学院経済学研究科111

◆谷口勇仁 (2002) 「企業社会戦略の枠組みと課題」『経済科学』, 48(1)

◆谷口勇仁 (2002) 「啓発された自利を超えて――社会業績・経済業績関係分析の展望」『経済科学』49(2)

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梅津光弘 (2002) 『ビジネスの倫理学』, 丸善

第T部 はじめに

第1章 ビジネスの倫理学とは
 二つの座標軸/ビジネス倫理の三つのレベル

第U部 理論としてのビジネス倫理

第2章 規範倫理としての倫理
 倫理学とはなにか/規範とは/帰結主義と非帰結主義/帰結主義の立場/非帰結主義の立場/二つの実例  

第3章 倫理的利己主義とリバータリアニズム
 倫理的利己主義/倫理的利己主義と功利主義:その共通点―善悪の快楽説/倫理的利己主義:自己の利益の最大化/倫理的利己主義の評価

第4章 功利主義と費用・便益分析
 功利主義:最大多数の最大幸福/フォード・ピント事件/成田空港の強行着工/功利主義の問題点

第5章 義務論
 はじめに:カント哲学の位置付け/道徳形而上学の企て/動機、義務、定言名法、良心の声/格律の普遍化可能性/人間性の原則/ブレスト・スパーの処遇をめぐるケース/カントの義務論の評価

第6章 正義論
 ジョン・ロールズと『正義論』/配分上の正義/二つの原則/無知のヴェール/弱い立場にある人々への配慮/正義論の問題点

第V部 実践としてのビジネス倫理

第7章 議論のための倫理から実践の倫理へ―アリストテレスの徳理論
 実践としての倫理の方法:ケース・メソッド/ケース・メソッド型授業の方法

第8章 従業員関連の倫理
 はじめに/ケース:覗き見の代償/討論/ケースのポイント

第9章 顧客関連の倫理
 はじめに/ケース:シアーズ自動車センター/討論/ケースのポイント

第10章 地域社会の倫理
 はじめに/ケース:ケーダイ商店街/討論/ケースのポイント

第11章 国際ビジネスの倫理
はじめに/ケース:バングラディシュにおけるリーヴァイス社/討論/ケースのポイント

第W部 制度としてのビジネス倫理

第12章 企業内制度
はじめに/ビジネス倫理の制度化とは/企業内制度:コーポレートガヴァナンス的アプローチ/企業内制度:コンプライアンス型とヴァリュー・シェアリング型/企業倫理プログラムの実践

第13章 民間支援制度
ビジネス倫理の制度化としての民間支援制度/自治的アプローチ/教育的アプローチ/広報的アプローチ/市民運動的アプローチ

第14章 公的支援制度
 公的規制とビジネス倫理/立法を通じたアプローチ/行政による支援制度/司法的アプローチ/制度としてのビジネス倫理:今後の課題

 

第T部 はじめに

 Business Ethicsの意味の多義性
"Business"の多義的な意味を日本語の一語としてに置きかえることが難しい。→仕事、職業 本務・本分 企業活動一般 企業経営 営利目的の企業活動など

本書の目的
 利潤追求をビジネスの目的と考えるのであれば、倫理とビジネスとは矛盾するのではないか、という問いに答えること。

本書の主張
 企業業績・利潤の高低と、行為の善悪というそれぞれの座標軸のなかで両方が高いレベルを保つことが必要であり、それは可能であることを示すこと。

実践と理論の混同?
 ビジネス活動事体と、ビジネスを理論として記述・評価することをどのように関係付けるのか。
実践と記述を明確に分ける立場(学術対象としてのビジネス、実践としての倫理) ex.Academy of Management(アメリカ経営学会)
実践と記述の相互補完をねらう立場(産学交流) ex.Society for Business Ethics(アメリカ企業倫理学会)、BERC(日本経営倫理学会)
著者は「ビジネスエシックスの研究者はビジネスの実践者ではなく、ビジネスの実践者がビジネスエシックスの研究をしているとは必ずしも言えない」として実践と理論との一定の距離を置く立場をとる。

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第U部 理論としてのビジネス倫理
 

規範倫理学(Normative Ethics)としてのビジネス倫理
本書では狭義のビジネス倫理学を捉えている。(本書では広義の倫理学を規範倫理学のほかに記述的倫理学(Descriptive Ethics)、メタ倫理学(Metaethics)に分類している)

帰結主義

「幸福」の追求とその最大化

倫理的利己主義 自分の幸福追求を認めること
 利己主義に基づく個人の行動を善いことと受け入れて、それを行動すべきこととして結論付ける。新古典派経済学での経済的合理性に基づいた「経済人」やフリードマンのビジネスの社会的責任とは利潤を最大化することであるという主張、レッセフェール政策を肯定するリバータリアニズム(Libertalianism)はこうした考えに基づいているといえる。

 自己実現と自分の幸福を率直に認めることや禁欲的、制約的な傾向にある倫理像から倫理を解放したことについて評価できる。しかし市場万能主義を善さと結びつけることにどのように反論するのか。事実と当為を混同しているという主張にどのように応えるのかが問題となる。

功利主義
 最大多数の最大幸福
社会全体の幸福が最大化ことを制度の価値基準とする(規則功利主義)。自社利益を最大化するための分析方法=費用・便益分析(Cost-Benefit Analysis)。
少数派の便益をどのように反映させることができるのか。幸福を計算すること(快楽計算)をどのように実践するのか。

非帰結主義

義務論  そうある「べき」行動や判断の理論化

当為命題
実証主義的に事実命題から検証・反証すること(事実命題の記述的性格 descriptive nature)ができない命題のこと。だが事実を認識しながら、ある「べき」志向を表明すること(当為命題の指令的な性格 prescriptive nature)。その志向は善・悪、正・不正、べき・べからず、適・不適などの倫理的価値に基づいて判断されることである。

カントの道徳形而上学
 倫理的に正しい行為(をする企業)が幸福になる(業績を伸ばす)ことと必ずしも一致しない。しかし、@形而上の世界(この世ではない完全な世界)では正義と幸福との一致がなされる「べき」である。倫理的に正しい行為をする人は必ず報われるということを最高善である根源的存在者(神)が保証しているという構図をカントは想定した。また、A幸福であるということが即座に善ではない。善悪の判断は帰結する以前の要素から判断される「べき」である。その要素とは、まともな大人の感覚(理性)から生じる義務感、責任感に動機付けられた善意志である。そして善意思はある条件や要求と引き換えとして生じる意志ではなく、先験的で無条件に発する「良心の声」に喩えることができる。

個人的な「良心の声」に基づいた行動が他人のに迷惑となることはないのかという批判がある。そのひとつの応答として、道徳の普遍化可能性という思考実験のフィルターを通して行動を選り分けることで克服できるという主張がある。「君の行為の格律が君の意志によって、あたかも普遍的自然法則となるかのように行為せよ」(『道徳形而上学原論』第二章)ということばは、個人の行動指針がいつでもどこでも誰にでも当てはまる普遍化可能性を持っているのならば、その行動を実践してよいということである。

 個人的な行動の指針(格律)が他人の行動の指針となるのかという批判へのもうひとつの応答には、他人を単なる手段としてのみ利用するような行為をす「べき」ではないという「人間性の原則」である。

カント理論への評価
 義務論の目指す倫理要求が厳格であるので現実に適応するときには自由な行動という選択の多様性を制限することになるのではないか。
 人間は複雑な理由や動機から行動を決定するのではないか。その動機をどのように観察するのか。
 理性から直接的に善意志を導き出すことはできるのか。
 利己主義や功利主義という帰結を目的とするのではなく,人間性や権利の保護を中心に考える点では今日的課題への意義は十分にある。

正義論 アリストテレスは『ニコマコス倫理学』のなかでの三つの正義を主張している。
 応報的正義(Retributive Justice) 因果応報、勧善懲悪、信賞必罰という正義
 補償的正義(Compensatory Justice) 弁償、復元するという正義
 配分上の正義(Distributive Juctice) 報酬や富を配分する上での正義

ロールズの分配上の正義
 ロールズは物資の財だけではなく、自由、権利、権力、名声、機会など価値単位に分配する財の内容の拡大して正義論を構築した。

正義の二原則
 第一原則 各人は、他人の持つ自由の体系と抵触しない限りにおいて、もっとも広範で包括的な基本的自由。平等の権利を有する(自由・平等の原理)。
 第二原則 社会的、経済的不平等は次の二点から勘案された場合にのみ許容される。
 公平な機会均等という条件のもとで、全員に解放されている職務や地位に結びつくような平等であること(公正機会均等の原理)。
 もっとも不遇な立場の人々の権利が最大となるような不平等であること(格差原理)。

 ロールズは他者の権益を侵害しないかぎりの自由の最大化を擁護することで結果的な不平等を黙認しつつも(第一原則)、不平等をコントロールして歯止めをかける必要があることを主張する(第二原則)。

 無知のヴェールという仮定は、なぜこの二つの原則が正義の原則となりえるのかという疑問に応える。無知のヴェールとは自分の利害を考慮するうえで参考になる情報を持たない状態(原初状態 Original Position)を想定することである。そうした条件のもとで分配上の正義がどのようであるべきかについて議論するならば、自分に不利な配分とはならない配分方法を選択するだろう。そしてそれに適った配分上のルールが上記の正義の二原則であるという主張である。

 無知のヴェールの仮定を企業倫理の文脈で考えるならば、企業の意思決定はさまざまなステイクホルダーのうち、もっとも弱い立場の利害関係に配慮する必要があるという結論を導くことができる。

 ロールズの正義論は自由主義社会において自由と平等をどのように両立させるのかについての重要な提案である。そしてその原則には功利主義的な多数派中心の視点に正面から対立した、少数派の利害を考慮されていることが正義の原則には不可欠であることを示している。
 行為・判断の根拠の相違は対照的であるが、結果的な行為や判断が必ずしも対立するとは限らない。しかし意思決定のプロセスを分析的に深化させるためには重要な視点である。

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第V部 実践としてのビジネス倫理

理論から実践へ 個別的な行為や倫理の実践が倫理学説とどのような接点を持つのか。

アリストテレスの徳倫理(Virtue Ethics)
 徳、卓越性、優秀さという「古臭い」概念を今日的なビジネス倫理の論点となる技術の優秀さ、卓越したティームワーク、品質やサービスなどの「質」という共通の概念で捉えなおす。

 徳は行為の習慣(エトス)、躾を積み重ねることで身につくことである。第二の本性として習い性である徳は善い生き方を実践するためには不可欠である。このよに徳は先験的に身につくことでも、自然と獲得されることでもない。また徳は論じる対象ではなく、善い生き方を実践することに意味がある。

実践としての倫理の方法
 事例研究ということばにはケース・スタディーとケース・メソッドのふたつの概念が含まれている。ケース・スタディの目的は情報の提供にあり、情報の提供者である筆者が問題としている事柄や分析を明示的に織り込んで記述している。しかしケース・メソッドの目的は問題の発見や分析、意思決定を教育することにある。資料は第三者的視点から記述されており、議論の問題点や結論は明示されていない。それは読者が集団討議を通じて発見したり、論点を深化させる訓練をするためである。本書ではケースメソッド型のビジネス倫理の教育法を提示する。

ケースメソッドの進め方は個人学習(事前の資料講読)、グループ・ディスカッション、クラス・ディスカッションの3段階に分けることができる。
 個人学習 事前に資料を講読して事実確認、問題の分析をする。
 グループ・ディスカッション 小集団で討議して自身の意思決定案や分析を再検討する。
 クラス・ディスカッション 教師や専門家の司会のもとで討議を続け、理論的側面からの再検討を行い最終的な意思決定や意見を形成する。
 ケース・メソッド型授業法の目的は、個々の参加者が意思決定や意見を内面化させ、独自の方針と自信をもった決断にまで導くことにある。また多元的で開放的なコミュニケーションという手法を採用しているのは、司会者が正解を明示する結論付けではなく、相手の意見を自分の考えに反映させることにある。本書ではここから4つの具体的事例についての討議を紹介している。生徒が対話形式で論点を提起し、それに対する支持、批判を表明する。司会者である教師は途中で論点を変更するための質問をしたり、討議の最後に論点をまとめることがある。読者はケースメソッド型授業を模擬体験できるように構成されている。

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従業員関連の倫理(第8章)

事例 会社の会社主催の旅行で男子従業員が女子従業員の風呂場を覗き見するという事件が起きた。双方が認めるこの事実について、後日女子従業員全員によって男子従業員全員の配置転換を会社は求められた。この事例をどのように評価するか。

 この事例をセクシャルハラスメントの一例と認めるかどうかは地域や社会的立場によってかなりの幅がある。

 日本の男女雇用機会均等法の中でのセクハラの構成用件
 性的な言動があること。
 それが職場および職務と関連する場で行われたこと。
 その言動が相手側の意に反して行われたこと、あるいは双方の同意がない状態で行われたこと。
 職業上の権限を持つ個人が、その立場を利用して権限行使の対価として性的な行為を求めること。(対価型セクハラ)
 性的言動の結果として著しく不快な職場環境を作ることまたはそれを放置すること(環境型セクハラ 1997年改正)

 この問題について倫理的責任を明確にすることと、こうした事件を未然に防止すると再発防止の対策をとるために会社はなんらかの意思決定をする必要がある。しかしもうひとつの論点は法律があるということと、その法令を遵守することは別の問題であるということである。セクハラの問題はその典型である。

セクハラを未然に防止するには、職場の従業員がセクハラへの意識や性的な言動への感じ方をお互いに確認することで、事前に一定のルールを設けるべきである。人事や労務問題の大半はビジネス倫理的な論点となりうる。

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顧客関連の倫理(第9章)
 事例 カリフォルニア州消費者保護局がシアーズ自動車センターを相手に顧客サービスとその調査の評価について提訴した事例
企業が目指す顧客サービスとはどのようなことであるのか。パターナリスティックな視点から顧客の安全のために顧客の要求以上のサービスをすることは許されるのか。
また成果主義による賃金体系と顧客へのサービスの質のあいだにどのような調整ができるのか。
ひとつの事実についての対立するふたつの見解をどのように調整していくことができるのか。サービスの程度が適切であるか、過度であるのかかという評価をめぐって共通認識を導く前提条件とはどのようなことなのか。
企業と顧客との情報の非対称性、顧客からの信用を勝ち取るまでの道のりの長さや難しさと、信用が失墜するときの早さや容易さという非対称性。企業が顧客との信頼関係築くためにふたつの非対称性を企業の倫理的意思決定にどのように反映させていくのか

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地域社会の倫理(第10章)
 事例 地域に密着した店が並ぶケーダイ商店街に値段の安さを長所としてスーパーマーケットを新規出店することの是非について。
 市場原理を重視する市場合理性と、最終的な結果を重視する目的合理性にどのような根拠で優先順位をつけるのか。
共生、互酬という経営理念を実践に移すことと、自社の利益効率を優先するときに考慮すべき問題について。
大企業と中小企業とを同じ企業と扱われるべきか否かについてのそれぞれの根拠。
市場原理と共同体の密着とが対立するさいに優先すべき論理.

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国際ビジネスの倫理(第11章)
バングラディシュにおけるリーヴァイス社の「価値による経営」

習慣、宗教、言語の違う地域で経営をする際に母国での企業理念をどのように取り扱うべきか。
 その地域の習慣に合わせる(順応性はあるが、ダブルスタンダード、御都合主義となりかねない)。
 共通の企業理念を貫く(一貫性、整合性のある価値、理念である一方で価値観の押し付け、相手の習慣への無理解と批判されかねない)
 ビジネス倫理で重要であるのは具体的で多元的な事実を抽象的な議論に精緻化することではない。具体的な利害を伴ったビジネスのなかで対話を続けることである。また「価値による経営」というビジネスモデルが支持される理由には、単なる利益以上の価値を求め、支持する人々がいることの現われといえるのではないだろうか。 top

第W部 制度としてのビジネス倫理

企業内制度(第12章)
 ビジネス倫理学は1980年ごろのアメリカでビジネス活動を既存の倫理学説の対象として捉えなおしたことを端緒としている。その後具体的な個別の事例研究を通じて、ビジネス倫理の論点の多様性が明らかになった。そして1990年ごろから、多元化したビジネス倫理の論点を統合するシステムとして、倫理要綱の制定や倫理担当役員の任命などの「制度化」がすすめられた。アメリカではこうした学術研究の成果を引き継いでビジネス倫理が制度化してきた経緯がある。一方日本では倫理学と経営学との交流に先立って、企業が主体的にビジネス倫理を実践する制度化がすすめられている。
 企業、組織を管理するためにビジネス倫理の制度化(企業内制度)する考え方を大きく二つに分けることができる。ひとつは企業の所有者である株主の権益を擁護する経営手法(コーポレート・ガヴァナンス型アプローチ)と、もうひとつは現行の法や企業の慣習事体を再検討して、さまざまな利害関係者(ステイクホルダー)の権益を企業経営システムに組み込む経営方法(コンプライアンス型アプローチ、ヴァリューシェアリング型アプローチ)がある。これらを外的介入を回避する自主規制や自主管理(民間支援制度)、公的機関による法的強制力を伴った管理(公的支援制度)の観点からさらに考察を深化させる。
コーポレート・ガヴァナンス型アプローチ
 株式会社制度の責任は説明責任を行うことによって果され、会社の存在は正当化されるという考え方。その際の説明責任とは経営者が企業の意思決定について株主に対して行うことを指している。近年は説明責任の対象を株主に限定することから様々な利害関係者に拡大する傾向にある。利害関係者に説明責任を広げることによって企業の説明責任だけではなく、法的責任や倫理的責任を考慮する余地が生じる。
コンプライアンス型アプローチ/ヴァリュー・シェアリング型アプローチ
ふたつのアプローチはともに従来の株主の権益を擁護するための経営手法ではなく、企業の様々な利害関係者(ステイクホルダー)への責任を念頭に置いている。そのうちコンプライアンス型の企業経営は法令遵守を企業倫理の中心に置いている。そして法令遵守以上の倫理的責任を果そうとする企業はヴァリュー・シェアリング型アプローチを採用する傾向にある。これは企業内部の価値観を共有することで、経営者や従業員が企業の社会的責任を明確に意識して、それを実践するために制度を経営に組み込むことである。具体的には独自の倫理行動規定を明文化すること、共有すべき価値観を組織に浸透させるための小集団活動や研修を実施すること、企業の素早い意思決定を期待して積極的に分権化や権限委譲をすることなどを経営に組み込む手法である。
 ふたつの経営手法で共通することは、企業が責任を負う範囲を株主から利害関係者へと拡大することで、企業が果すべき社会的責任の幅を経済的、法的、慈善事業的責任へと自発的に広げていくことである。責任を果す手段を組織の意思決定に反映させるために企業独自のビジネス倫理を制度化している。具体的な制度化とは倫理要綱(Code of Conduct)を明文化、企業倫理の専任スタッフを選出すること、企業内で企業倫理を浸透させる活動をすることが最も基礎的な制度化である。
 コンプライアンス型、ヴァリュー・シェアリング型ともに法的根拠に基づかないという点で自発的な倫理実践であり、個別の企業が主体的に実践することができ、即効性簡便性を備えた制度である。

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民間支援制度(第13章)
 ビジネス倫理を実践に導く環境を築くことの困難さにどのように応えていくことができるのだろうか。
 「一社だけで取り組んでも効果はない」
 「談合体質が根強い日本の企業社会では出る杭は打たれる」
 「倫理的な企業は生き残れない、正直者はバカをみる」
 「他社もみんなやっている」という横並び主義
 「利益が上がれば多少の悪事は見逃される」
 著者は「非倫理的な企業でも見逃してもらえると思うほど、社会や市場は甘くない」、甘えた根性の会社は、早晩市場からの退場を迫られると切り返す。ビジネス倫理を実践に導く環境のひとつとして民間支援制度を紹介する。

自治的アプローチ
 個別の企業単位ではなく、業界団体が自主規制することで情報と倫理的意識を共有した意思決定をすることである。このアプローチの長所は業界内で自主的に作成されたルールで組織を相互に律することや、業界の外部に指針を提示することができることにある。また異業種間の倫理基準を比較したり、参照することでより広範囲で適用することのできる倫理基準やこれらの活動を支援する団体設立の可能性につながる。

評価的アプローチ
 企業をどのように評価するかという問題について、収益という数値化できる観点からの研究や実践には数多くの蓄積がある。しかし倫理や社会的責任、社会貢献という数値化では評価できない観点から企業を評価することはあまり研究の対象とはされてこなかった。環境や品質管理の認証規格であるISO(International Organization for Standardization)が企画され、その普及を受けて倫理的な観点からの規格作りが1990年ごろから盛んに行われた。
 国際労働規格SA8000/経済優先順位研究所(Council on Economic Priorities)作成
 企業説明責任についての規格AA1000/社会倫理説明責任研究所(Institiute of Social and Ethical Accountability)所轄
 倫理法令遵守マネジメントシステムECS2000/麗澤大学経済研究センター作成
 数値化、指標化による評価軸の一元化を意識的に回避して、倫理や社会的責任や貢献を多元的に評価する方法をどのように構築するかが大きな論点である。また倫理という明示しにくい基準を規格化することや、それを遵守することには一定の意義がある。しかしそうした規格を遵守することは、必ずしもビジネス倫理を確立するための十分条件ではない。

市場的アプローチ
 企業の倫理的意思決定によって経済に寄与する効果を市場原理によって評価すること。企業の倫理的活動を支援する制度を市場の競争原理の中に組み入れること。
 エコファンド/エシックスファンドなどの投資信託
Domini400/KLD-Nasdaq social index 社会的責任投資(Socially Responsible Investment)の指標(social index)
非倫理的企業から投資を引き上げる投資家(倫理的投資家 Ethical Investors)の行動
倫理的教育プログラムを持っている企業への保険利率の優遇措置

教育的アプローチ
 高等教育でのビジネス倫理教育環境が過度に不足している現状を通じて、学生がビジネスと倫理とが無関係であることを暗に学び取ってしまうことに何らかの対策を講じる必要がある。そのためにビジネス倫理を初等、中等、高等教育のカリキュラムに組み入れる試みのこと。学生がビジネス活動に携わる以前から労働と個人の生き方との将来像や社会的責任を教育しようとする考え方である。高等教育における具体的な対策として、文系理系にのすべての専攻で職業倫理、技術者倫理などの倫理教育科目を設置することや、専門研究者を育成することなどが考えられる。

広報的アプローチ
 広報(Public Relations)には個別の企業や業界団体による自主的な情報開示と、マスコミの取材などの第三者からの報道、情報開示要求という二面性がある。狭義の広報的アプローチとはステイクホルダーに対する説明責任を果たすことであるが、企業倫理を促進する民間支援制度としてマスコミの活動にも注目する必要がある。ただしマスコミには企業への批判的な姿勢が期待されているが、同時にマスコミの倫理も反省的に問われる必要がある。

市民運動的アプローチ
企業の倫理的行動を企業外の団体が監視したり、支援するシステムを作り出すこと。企業は倫理的行動を監視する非政府組織、非営利組織に説明責任を負うことによって社会貢献や社会責任に対する企業の意識を具体的なかたちで高めることができる。
 これらのアプローチは企業の倫理的な意思決定を導くうえで相互に影響し合い、相乗的な効果をもたらす役割を果たす。

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公的支援制度(第14章)


 倫理は自発的な自主規制を目指す規範であるので、法規制や政府の市場介入、行政指導など公的で外的な強制力は最後の手段とみなされるべきである。企業は公的規制によって導き出された社会秩序に依存するのではなく、ビジネス倫理の促進を目指す企業を支援する手段として公的支援を位置付ける必要がある。
立法によるアプローチ
 ビジネス倫理と法律との関係を法律遵守に限定して捉えるべきではない。むしろ利害関係者の理論(ステイクホルダー理論)からビジネス倫理を考えていくために、消費者保護や環境保護などそれぞれの利害関係者に関係する法規制の矛盾を横断的に考え直す必要がある。いまある法規制を遵守することに主眼を置くと同時に、ステイクホルダー理論と法との整合性を維持するために双方を手直しする姿勢が必要である。また、ビジネスが立法という政治過程にどのように参与すべきなのかということもビジネス倫理の対象とする課題である。ビジネスと政治との関係に公正さと正義を確保するためには説明責任を企業と政治家の双方が負う必要がある。

行政によるアプローチ
 行政府の機能には事前予備的に秩序を維持することが期待されている。あるべき行政府像には企業経営の監視を強化する方向と、企業の自主的な取り組みを民間支援制度を補完することなどで間接的に支援する方向とが考えられる。近年、日本では省庁が一部の業界ごとに検査マニュアルを発表している。これは検査結果だけではなく、リスク管理や法令遵守プロセスを評価し、自己責任を原則を企業に課す検査体制である。また消費者からの信頼をえる事業者像を政府が示したものとして「自主行動基準の指針」(平成14年)が発表されている。このように企業の自主的取り組みを促進することを意図した行政サービスが企画されつつある。

司法的アプローチ

司法の判決は企業の意思決定を事後に評価し、処分する強力な力があるので、ビジネス倫理を方向付ける重要な判断となる。司法の判断は勧善懲悪、自己責任の追及を前提として、対象となる企業以外の企業の意思決定にも大きな影響を与える可能性がある。しかし司法的アプローチをビジネス倫理を促進する手段と見なすならば、日本の司法的アプローチにはいくつかの障害がある。ひとつは日本の企業犯罪に対する刑罰が軽いために企業犯罪の抑止力とならないこと、ふたつ目には企業が従業員個人に責任転嫁をして、組織が責任を逃れる可能性があるということである。アメリカでは連邦量刑ガイドライン(1991年)によって企業倫理の制度化を促進する契機となった。アメリカの司法判断には、容疑をかけられた企業が倫理的プログラムを制度化していたか否かによって罰金に大きな差をつけるという制度である。また、司法取引によって談合や企業犯罪の複雑な構造を一挙に明らかに共謀した企業を見逃すことなく、すべて裁くことができるという実績を作った。また内部告発(Whistleblowing)を法的にどのように評価するかについても議論の別れる点である。欧米では内部告発者を法的に保護し褒賞を与えるということが制度化されている。しかし、こうした制度をそのまま日本に導入することは商習慣や法体系に合致することは疑問が残る。
国連、ILO、OECD、WTO、世界銀行などで世界規模でビジネス倫理を制度化する議論がなされつつある。国や地域の特殊性に注目すると共に不変性を追及するということが求められている。そのなかで再び理論としての倫理へ回帰することが予想される。

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 ◆高岡伸行 (2002) 「ステイクホルダーモデルの企業観とその論理構造」,『経済科学』, 49(4), 99-119.

 ステイクホルダーモデルの企業観を正当化する論理は、二段階の論理構成を取る。まず第一段階では、所有権を根拠とした株主のステイクホルダーとしての絶対的優位性を否定する議論が展開される。ここでは企業の株主も出るが近代株式会社の実像と照らして批判される。今日の近代株式会社は、経営者裁量主義を前提にしている。この経営者裁量主義を前提に、所有概念を再考し、今ピン的には株式会社という制度の公共性が議論の焦点となる。第二段階では、利害化の議論、すなわち、利害として認められる理由に関する問題と、その利害を理由に認定された各ステイクホルダーを同等の価値を持った存在として位置づける論拠が展開される。利害化の議論は、企業のステイクホルダー理論を中心的活動かつ独自の課題である。ここでは、株式会社制度というよりは、継続事業体としての組織的実態に焦点が当てられ、ビジネスの協働性・共益性が議論の焦点となる。(p.108)

 ステイクホルダーはそれぞれ尊重されるべき、同質の価値をもつ、というステイクホルダーのポジショニングに結晶的な特徴を持つステイクホルダーモデルの企業観は、一方で近代株式会社という会社制度を対象とした議論において、伝統的な企業間が妥当としてきた株主優位の考え方を否定し、他方で継続事業体としての組織を対象に、ビジネスという価値創造活動が、関係者の共同と共益を条件に成り立つことを再確認することから、各ステイクホルダーを同一次元で捉える論拠を展開していた。前段においては、近代株式会社における株主の地位が、物権から債権の財産権に比重を移していることあが重要な論点であり、後段においては、多様な源泉をもつ利害という概念が、ビジネスの価値創造を成立させるという点で各ステイクホルダーは同等の価値を持った存在として位置づけられる。(p.113)

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◆谷口勇仁 (2002) 「啓発された自利を超えて ー社会業績・経済業績関係分析の展望」『経済科学』49(2)

 …社会的責任を肯定する論者は、「啓発された自利」を主張する。つまり、企業が社気的責任を果たすことは長期的には企業の存続や成長に貢献することを主張sるのである。そこで、これを実証することを目的として、SP・EP研究が行なわれたのである。現実に、企業が社会的責任を果たすことが企業の利益になるのであれば、経営者は株主をおそれずに社会的責任にかかる費用を払うことができる。これによって、企業が社会的s系人を果たすことを正当化しようと試みたのである。このような考え方は、「「者気的責任は引き合う」(social responsibility pays)という言葉に代表される考え方である。…そのため、近年のSP・EP研究は、ステイクホルダーマネジメントの有効性を検証することを目的とした研究として再構成されているのである。企業を取り巻くステイクホルダーに配慮するマネジメントがステイクホルダーマネジメントであり、ステイkホルダーマネジメントを実践している企業は社会業績が高い企業であるという前提に立てば、ステイクホルダーマネジメントの由後世を検証することはSP・EP研究の憲章と同義となる。(p.126-7)

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◆UP:100221/REV: