第2章 SRIの背景 －信仰的・社会的・制度的経緯[注11]
この章ではSRIにどのような経緯があるのかについての社会的拝啓を検討する。そのためにあらかじめ各時期に特徴づけを示す。具体的にはキリスト教の教義実践による時期、社会・消費者運動の方法論として利用された時期、投資信託や年金運用基金などの金融商品として利益と、株主として企業経営に関与した時期、法制化・指標化によってSRIが公的政策に組み込まれた時期、そして世界的株安と個人向けSRIの伸び悩みによる運用残高の低迷期の6期に分類して述べる。
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1 ”Sin Stocks”(罪ある投資) －信仰の実践としての投資活動
SRIの基本的な発想はアメリカとイギリスを中心としたキリスト教教団によって生み出された。そして1971年にアメリカ初のSRI型投資信託”Pax World Fund”が発売されるまでSRIは、主にNegative Screening（銘柄排除）とコミュニティ投資を意味していた。
この時期のSRIはキリスト教の教義に反する産業に投資すること、そしてその投資によって収益を得ることは「罪ある株式」”Sin Stocks”であるという信念に基づいていた。1758年にロンドンとフィラデルフィアで行われたクウェーカー教のSociety of Friends（キリスト友の会・年次総会）では、教徒が奴隷売買に関与することを禁じられ、奴隷解放を公文書で宣言するべきだと説かれている。そして奴隷売買に関与した教徒は社会的活動を行うことを禁じられた。またメソジスト協会創始者のジョン・ウェスレー(1703-1791)は財産権の侵害、酒造による利益追求、他人を堕落させる事業を教徒が営むことを禁じた。それは身体に危害を及ぼす不健康な産業や物欲を避け、信仰心ある清貧に徹することが信仰上重要だとみなされていたからであった。
このように宗教的信仰に基づいた投資集団はしばしば独自の方法によって教えの実現を試みた。具体的にはアルコール・タバコ・ギャンブルなどの産業を排除した資金運用を行い、慈善活動としてのコミュニティ投資に積極的に関与した。たとえばAnsvar SRI fundは1961年にスウェーデンの教会が設立した基金であり、Ghetto Seed Loan Fundは1968年にアメリカのエピスコバアル教会が中心となって主にコミュニティ投資を目的とした基金である。こうした慈善活動からの投資回避という方法論はアパルトヘイト政策にも向けられた。詳述は次節で取り上げることにして、南アフリカ共和国でのSRI問題に積極的に関与したジョン・ハインズやサリバンはそれぞれエピスコパル主教とシオン・バプテスト教会の主任司祭であった。
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2.1 社会運動・消費者運動としてのSRI －株主行動とSRI型投資信託
SRIがより一般的に認識され始めた契機は、1960年代後半にアメリカにおける公民権運動などの社会運動である。特に南アフリカにおける反アパルトヘイト（人種隔離政策：1948-1994）活動や公民権運動(1950年代-60年代)においては「不正義」を助長する政策や政権に貢献する企業を対象とし、ベトナム戦争（1960-1975）の反戦活動においてはアメリカ国内の軍事産業を対象として投資回避と株主行動が実践された。つまりこれまでのSRIの特徴であった特定企業に対する投資の回避(Negative Screening)いう間接的な関与に加えて、株主提案によって反戦・反体制・環境保護運動などの主張を株主や経営者に働きかけられたのである。
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2.2 反アパルトヘイト運動 －“Campaign GM (Project GM)”,”Sullivan Principle”
“Campaign GM (Project GM)”は国内の消費者運動と反アパルトヘイト運動がSRIを通じて大きな成果を挙げた株主行動の代表的な事例である。1969年にGeneral Mortors社製自動車の欠陥問題を契機として、マイノリティの雇用問題や公害防止対策など包括的な社会的責任を同社に問う世論の声が高まりを見せた。
Ralph Naderは同社の役員構成に人種と性別の配慮をすること、排気ガス基準の強化を経営計画に明記することを株主提案するCampaign GM (Project GM)を展開した。この提案は株主総会で否決されたものの、結果的にGM社はアフリカ系アメリカ人牧師Leon Sullivanを取締役として選出した。また1971年にエピスコパル主教で株主であったジョン・ハインズは、アパルトヘイトと同社の南アフリカでの大規模な事業展開を問題視して、同国からの事業撤退を求める株主提案を行った。この提案もまた株主総会で否決されたが、しかし1976年ソエト暴動ののちにアパルトヘイトへの関心が更に高まると、1977年には上述したサリバン牧師が同国におけるビジネス行動の基準（Sullivan Principle）を発表した。この原則は企業が社会に対する姿勢を明文化した最初期の基準であった。これを受けて1970年代後半からは株主行動を目的として宗派を超えた協会グループICCR (Interfaith Center on Corporate Respnsibility)など、企業活動に批判的な組織は企業活動への監視を強めた。
さらに1980年代には南アフリカで事業展開をする企業の製品やサービスに対する不買運動と投資回避行動が広まった。1986年に包括的反アパルトヘイト法が成立したことによってアメリカにおける南アフリカ共和国への新規投資が禁止された。こうした状況のもとでアメリカ・イギリス・ECでは同国への投資事業の撤退が相次いだ。また1994年のアパルトヘイト廃止・普通選挙の実施後には南アフリカ再投資ファンド(Reinvest in South Africa: RISA)が設定され、新生南アフリカを支援する目的が好評を博し、運用成績も好調であった。
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2.3 ベトナム戦争に対する反戦運動
株主行動はベトナム戦争に対する反戦活動としても利用された。1969年に行われたDow Chemical社の株主総会ではナパーム弾の製造中止を求める株主提案が行われた。同社はこの提案を委任状を託す株主のための資料に記載しない方針で、アメリカ証券取引委員会の了承も取り付けていた。しかし反戦グループがこうした同委員会の判断を提訴した結果、翌年に裁判所はこの株主提案を株主総会の決議事項とすることを同社に求める決定を下した。また1972年にナパーム弾が被弾した村の様子などを写した写真がアメリカで波紋を呼び、Dow Chemical社への非難が高まった。
その前年1971年には統一メソジスト教会のLuther TysonとJack Corbettらが大規模な規模な調査に基づいて初めてSRIファンド”Pax World Fund”を設立した。この基金の特徴はベトナム戦争に関与している企業を銘柄選択から排除したことである。さらにこの基金の銘柄選択の基準として初めてPositive Screeningを併用することで銘柄選択を行った。以後発売された大半のSRIでは軍事、ギャンブル、タバコ、ギャンブルに関わる産業を排除し、公正な雇用慣行や公害対策に取り組む企業の投資を進める銘柄選択の方法が踏襲されている。
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3 社会運動後のSRIの展開 －タバコ産業に対するNegative Screening
ベトナム戦争の終結(1975)とアパルトヘイトの撤廃(1994)によって、SRIはひとつの転換を迎える。SRIの着目点はこれまでの反社会的政権・政策に荷担する企業に対する批判から、企業活動そのもの―とりわけタバコ産業―が社会に与える影響に移った。谷本[2003 64-66]はタバコがNegative Screeningの対象となった要因を分析している。それによると、商品としてのタバコやタバコ産業は、米国医師会が健康被害を認める調査結果が発表していたこと、若者と黒人をターゲットにした広告戦略が批判されたこと、会社を相手取った訴訟を起こす被害者側の財務的リスクの増大したこと、タバコ関連銘柄を除外してもSRIポートフォリオが組みやすかったことを挙げている [注12]。またそれが幅広い投資家の関心を呼びこんだ要件として谷本は、タバコの健康被害が大きな社会問題であること、訴訟費用や医療費などリスクを数値測定できること、対象企業の定義が明確であること、運用上の自由度をあまり束縛しないことを挙げている。
1980年ごろから医療･保険・公的教育基金、年金機関などはタバコ関係銘柄を積極的に投資から排除し始めた。RJレイノルズ社はタバコの宣伝活動にジョー・キャメルという漫画キャラクターを起用した。同社はこの広告によって子供に関心を惹かせる意図はないと明言した。だが子供への影響を懸念した消費者団体のNGO：INFACTが中心となり、ジョー･キャメルを利用した宣伝広告を止めるよう株主提案によって働きかけた[Domini 2001 105-108] 。
タバコ関連銘柄に対するSRIの方法は単に保有株式を売却するだけではなく、様々な方法が採られた[谷本 2003 66]。最も厳しい対処法は「現在のポートフォリオからタバコ関連株を即時売却し、新規に組み入れない」ことである。だが企業に経営改善の猶予を与えたり、新規参入させないという投資家の様々な思惑に従って、「既存のポートフォリオを維持したまま、新規に組み入れないこと」や、「既存のポートフォリオを維持したまま、タバコ関連株を組み入れないポートフォリオを新たに設定する」、「全体方針の変更はないが、全資産の一定の割合においてタバコ関連株を排除する」など方法が採られた。
こうした消費者運動団体を中心としたSRIは1990年代後半から雇用対策・国内や発展途上国における劣悪な労働条件下での生産活動または児童就労(Sweat shop)などの問題に注目するようになった。だがタバコ広告が消費者の心理に与える影響は必ずしも明証することはできない。また日本では医学的な証明の信憑性をめぐって長い間議論がなされてきた。株主行動は社会にとって「有害」な企業活動に直接アプローチする可能性を秘めているものの、投資行動の正当性に自己言及する仕組みに乏しいため、「完成」した方法論であるとは必ずしもいえない。
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4 消費者運動・社会運動からNGO活動へ [注13]
前節では信仰に基づくNegative Screeningに加えて、消費者運動・社会運動がSRIに積極的に関与してきたことを概観してきた。1990年代後半からこれらの運動は非政府組織（Non-Government Organization: NGO）という公的組織として継承的発展を遂げた。長坂[2003 14]によると、SRIにおいてNGOが企業経営に関与した事柄として、企業の評価・監視、コミュニケーション、教育・コンサルティング、協働、従業員のボランティア活動支援と、NGOによるSRI（社会事業型NGO）にあると分析している。また長坂は企業がNGOの積極的な経営関与の契機として、ナイジェリアにおける石油利権問題、バルディーズ号事件（1989）、北海油田におけるブレントスパー問題(1991-1999) [注14] 、家具材料の資材調達問題 [注15]、Sweat Shop問題 [注16]などを取り上げてその経緯を記している。
今日SRIを専門に取り扱うNGOはSRI格付会社やコンサルティング会社とともに企業監査や評価に大きな影響力を保持している。世界最大のSRI情報提供会社EIRIS [注17] はイギリスの教会グループを中心として1983年に設立された 。ERIIS社 [注18] は世界のSRI関連NGOと協力関係にあり、情報提供を受けている。またベルギーで1992年に設立されたNGOであるEthibelは、独自に企業活動の情報収集をして評価・監査活動を行っている 。具体的にはエティベル投資ユニバース（Ethibel Investment Register）」を自主運営し、2000年い独自のSRIインデックス(Ethibel Sustainability Index)を公表した。
また国内では1990年代後半からSRIを普及・運用を目的とした企業や組織が相次いで設立された。1998年に設立されたSRI調査機関グッドバンカー社は国内初のエコファンド「日興エコファンド」の企業評価を担った。2000年にはNPO法人「パブリックリソースセンター」が設立され [注19]、この法人は国内初のSRI型投資信託「あすのはね」の社会貢献評価を担当しするなど、SRIに関する企業調査や市民ファンドの設立支援、金融機関へのコンサルティングを行っている。さらに同法人は2003年にモーニングスター社と共同で社会的責任投資株価指数(MS-SRI)を公表し、国内上場・店頭企業のSRI調査および評価を行った。また2001年にはインテグレックス社が設立され、企業の法令順守（Compliance）に関するコンサルティング・調査を行っている。
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5.1 持続可能性（Sustainability）という理念への統合 －文章化と規格化
1990年代以降にはNGOや教会組織の活動と並行して、国際会議や企業の行動憲章のなかでSRIの理念がしばしば取り上げられるようになった。地域別の特殊性は後述するとして、SRIはSustainability（持続可能性）という理念を通して公的機関に認識され、企業側はそれに従う形で自社の経営方針に取り入れられた。従来の「受け身」の姿勢を転換して、SRIの高評価を新たな「企業ブランド」として広告宣伝活動に利用する企業も徐々に増加してきている。今日SRIが広く企業に認識されるようになった経緯には信仰や社会運動を背景としたNGO活動と、国連・経営者会議・各国法制度など公的施策が相乗的効果を生んだといえる。前章で言及した1977年のサリバン原則 は企業活動が一定の社会的配慮をする義務があることを示した先駆的規定であった [注20]。
Sustainabilityの理念は国連の「環境と開発に関する委員会」（1987年、ブランラント委員長）による報告書“On Common Future”のなかで初めて公式に提唱された。それによると「将来世代の能力を低下させることなく、現在のニーズに沿って発展させていくこと」と定義されている。1994年には日欧米の経営者団体コー円卓会議（Caux Round Table）によって企業の行動原則が発表され、経営にステイクホルダー（利害関係者）と環境への配慮が必要であることが経営者の立場から示された。
Sustainabilityの理念が各国の政府や業界団体の方針に浸透していった背景には、国連による積極的な働きかけがある。1999年にアナン事務総長はダボスの世界経済フォーラムにおいて人権・労働・環境の分野でそれぞれ3原則からなる多国籍企業の行動原則、通称「グローバル・コンパクト」を提唱した [注21]。さらに2000年に改訂された「OECDの多国籍企業の行動基準」 でも社会・環境の持続的発展(Sustainable Development)が明記された [注22]。
環境、社会的貢献、財政的安定性など企業の評価基準が共有されるに従って、それを規格化する動きが現われた。1989年のバルディーズ号事件を受けて、NGOグループがCERESを設立した 。この法人は環境保全の社会的責任に特化したCERES原則を発表し、この原則に賛同する企業の署名を求めている。これまでCERES原則に世界の主要企業70社あまりが署名をしている（2003年現在） [注23]。1998年にはアメリカのNGO法人SAIが中心となり、労働基準に特化した規格SA8000を定めた [注24]。これは国際労働機関（ILO）など国連機関が定めた労働条件をSAIが審査機関となって認証する企画である。翌1999年にはイギリスのISEAが企業の説明責任に関する規格AA1000を発表した [注25]。この機関は2002年にサスティナビリティ報告書の世界初の規格となるAA1000 Assurance Standardも発表した。EU諸国の動向として2002年から「SRI調査グループのための自主品質管理基準」プロジェクトが開始された。これは上述したEthibel社が審査・運営機関となり、一定の基準を満たした企業を「エティベル品質保証ラベル」を付与することで認証するという規格である。これまで認証を受けた事業所は30カ国、22業種に及んでいる（2003年現在）。国内では1999年に麗澤大学経済研究センターが中心となって企業の法令順守を目的とした組織作り・監査を規格化した「ECS2000 企業倫理法令順守マネジメントシステム規格」を発表した [注26]。
規格化に関してISOの動向は注目に値すべきである [注27]。国内外を問わず経営に大きな影響力を持つISO規格は、ISO9000（品質規格）・ISO14001（環境規格）に次いで、ISO14063（環境コミュニケーション規格）の2004年度導入の準備も進められている。また2002年以降、ISOは企業の社会的責任の規格化に向けて準備を進めている。この規格が実際に運用開始された場合には、企業の社会的責任に対する取り組みが規格の取得という方法で果たそうとする姿勢が加速すると考えられる。
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5.2 アメリカの施策 － 投資家の自主判断と受託者責任[注28]
前節までで見てきたようにアメリカでは消費者・社会運動に基づいたNGOがSRI活動を支援してきた。アメリカではSRIを個人・機関投資家の判断にゆだねられる傾向があり、政府がSRIを積極的に導入したり、義務付ける法律はない。SRIについてのアメリカの特徴は本来財政的収益が期待されている投資信託や年金運営の契約と、環境対策や社会的責任という収益とは異なる基準とに焦点が当てられてきたということである。
1973年に従業員退職所得保障(通称ERISA)法が制定された。この法律は企業が運営する退職年金制度を包括的に規制する連邦法であり、年金受給権を保障する目的があった 。確定拠出年金制度(401k)などを規定するこの法律をめぐり、受託者責任の解釈についての議論が起こった。具体的にはSRIで資金運用することは思慮深い投資行動をとることを定めたプルーデントマン・ルール(注意義務・善管注意義務)に適っているのか、つまり環境・社会・財政的配慮が運用のうえでの受給者への受託者責任を果たしているのかという問題である [注29]。
受託者責任(Fiduciary)とは当事者間の直接的な契約(Contract)ではなく、責任を請け負った者がそれを託した人だけにとって最善の結果をもたらす判断（忠実義務）を下すことである。一般的には医者や弁護士など専門的知識を持つ者が依頼主にとって最善となるように行動することを意味する [注30]。それはすなわち年金運用にあたって財政的安定性以外の要素を組み込むことが受託者責任に適うのかが議論の焦点となった。
1998年にアメリカ最大のSRI投資信託運用会社Calvert [注31] は米国労働省にSRIと受託者責任との関連性について見解を求めた。これに対して同省は、投資評価について、他の選択をした場合でも同様の利益を得られる限りにおいて、SRIなどの付随的便益を考慮しても、受託者責任に反しないという見解を示した。つまりSRIの運用実績がSRI以外の一般的運用をしたばあいの結果を下回らない限り、受託者責任には反しないということであった。今日、SRIは安定的な運用結果を残しているため、この問題は取り沙汰されてはいない。しかし年金受託者の財政的利益に反する投資は違法となるという問題は今後に火種を残しているといえる。
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5.3 イギリスを中心としたEU諸国の施策 －公的機関による法制化と説明責任の導入
初期の教会組織を中心とした投資活動以来、今日のEU諸国のなかでイギリスがSRIについての牽引役を果たしてきた。その取り組みの特徴は、行政機関による制度化や法制化を通じて企業に環境対策・社会的責任を意識化させ、説明責任を果たさせようとすることである。たとえば前節で言及したように、2002年からEUでは包括的製品政策(IPP: Integrated Product Policy)が実施され、Ethibelが認証・運用機関となって「エティベル品質保証ラベル」を発行している。こうした特徴の背景にはイギリスの年金法をめぐる経緯がある。
1992年には年金積立金4億ポンド以上がイギリスの運用機関によって不正流用されたこと発覚し、5000人以上の年金給付が停止されるという事件がおきた（マックスウェル事件）。これを受けて同年、年金制度改革の委員会（グート委員会）が発足して、1995年に年金受給権保護（職域年金の安全性確保）と年金運用者への監督強化を定めた年金法が制定された。さらに2000年にはこの年金法が改正され、年金基金運用会社が投資先を選ぶ際に社会・環境・倫理的検討（トリプル・ボトムライン）を基準としたか否か、基準とした場合の内容、また投資に付随する権利（議決権等）の行使方針についての報告を SIP(Statement of Investment)に記載することを義務付けた。一連の法制化は政府機関が民間の金融機関がSRIによる運用の義務付けをねらった制度ではないものの、運用会社は政府がそれを推進していることや、企業の社会的責任や年金受給者への説明責任を意識化させる重要な制度改革だった。またイギリスでは同年に初のCSR担当大臣（初代Dr. Kim Howells）が任命されている。
こうしたイギリスの取り組みにEU各国が追従する傾向にある。2002年にはドイツがイギリスと同内容の年金法改正を行い、新しい年金運用新制度のなかで倫理、環境、社会的配慮を経た場合にはその報告開示を金融機関に要請した。また連邦環境省は"Wehr Wert Oekologiesche Geldanlagen"(よりすぐれた価値・エコ投資ファンド)と題した小冊子を発行することによって国内にSRIの普及を図っている。
フランスでも2002年に会社法が改正され、上場企業に財務、環境、社会的側面の報告書の作成・公開を義務付けられた。またイギリスと同様に「持続可能な成長」担当大臣が任命されている。さらにオランダの公的年金基金ABPはSRI運用を開始し、ノルウェー政府はノルウェー銀行に運用を委託して石油売却益の一部をSRI運用するなど公的機関が積極的にSRI制度を促進しようとしている。
EU諸国の行政当局がSRIを積極的に促進している背景には、EUの基本法であるアムステルダム条約にあることを、長坂[Ng 2003 10]は示唆している。この条約は1997年に署名され1999年に発効し、第２条では持続可能な発展がEUの第一目標に掲げられている。近年EUの動向はSRIがその方法論として認識され始めたためといえるだろう。
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5.4 日本の施策 －社会貢献活動の推進と規格取得によるブランド化、環境対策の法制化
前章で言及したように、日本では1999年に「日興エコファンド」がSRI投資信託として初めて発売された。これまで国内では公害や労使問題など消費者・労働者運動として、外部のステイクホルダーの立場からの関与が行われてきた。2003年には厚生年金基金連合会や地方公務員共済組合連合会が株主議決権を積極的に行使する方針を示し始めたものの、こうした株主行動はこれまで皆無に等しかった。
日本のSRIの特徴は、企業の環境対策に特化したPositive Screeningが行われていることである。14本のSRI投資信託のうち12本は「エコファンド」である。谷本[2003 20]が指摘するように、日本の消費者団体やNGOは環境対策に高い興味を示す一方で、児童就労や女性・マイノリティーの雇用問題、発展途上国でのスウェットショップ問題には必ずしも企業に積極的な働きかけをしてこなかった。国内のSRIが「エコファンド」に集中する理由はここにあるのではないか [注32]。
今日、環境対策や社会貢献などSustainabilityの理念が企業経営に取り入れ始めたのは、日本経済団体連合会（旧経団連・旧日経連）や経済同友会など経営者組織による働きかけと、環境保全・リサイクル化を目指した法制度に企業経営側が後押しされていると見ることができる。1989年に経済団体連合会（当時）は海外事業活動関連協議会を設置し、多国籍企業の海外事業における指導や支援を開始した。1990年には経団連が企業メセナ協議会を設立し、経常利益の１％を寄付する「１％クラブ」を通じて企業の社会貢献を呼びかけた。1980年代後半から1990年代前半にかけての時期には経営者団体がこうした動きを企業のブランド戦略や社会還元活動として認識し始めていたといえるだろう。
これと並行して、1996年に発効したISO14001（環境マネジメントシステム）は企業経営の評価に大きな方向転換を促した。ISOとはスイスに本部を置く国際NGOであり、企業からの要請を受けて同組織が発行する規格の継続的な審査と認証を行っている。とくにISO140001は製造過程や事業体が環境負荷を軽減するための継続的な取り組みを一定の基準で規格化したものである。企業にとってISO導入には設備投資と事務費用が必要となることから少なからぬ負担であるのの、日本ではこの規格が企業価値として取引先の信用に結びついている。日本の企業の環境への取り組みはこの規格のブランド化による要因がある。ISOは環境コミュニケーション規格と、企業の社会的責任規格の制度化に着手しており、それが実際に運用開始されたならば、日本企業が企業の社会的責任を意識化する方向性に決定的な影響を与えると考えられる。
こうした動きに呼応して環境省は1990年代後半から環境保全を目的とした法整備を促進した。具体的には容器包装(1999年施行)、廃棄物処理、家電、食品、建設資材(ともに2001年施行)、自転車(2002)、土壌汚染(2003)などリサイクルと環境保全について法律が矢継ぎ早に制定された。このように日本の場合にはSustainabilityの理念がSRIという方法論によってではなく、経営者団体の働きかけ、ISO規格によるブランド化、環境法制などによって方向付けられているという特徴がある。
またSRIが投資信託などの金融商品として導入されたため、金融機関が独自の信仰に基づいてコミュニティ投資をすることはなかった。1994年には、環境保全・有機農業・自然食品・福祉作業所などに融資する未来バンク事業組合が市民フォーラム2001によって結成された 。また2002年には北海道NPOバンクが設立されるなど、地域振興や「自然」エネルギーの活用を推進するNPOがコミュニティ投資に準ずる活動を行っている [注33]。
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結び SRIの課題と取り上げられなかった論点
SRIの方法論は経営における財政的収益の確実性や持続性、そしてその多寡を問う投資方法と企業のあり方を転換する可能性を秘めている。だがそれと同時にいくつもの「もろさ」を露呈してきた。この論文の最後にSRIのこれからの課題とこの論文で取り上げられなかった主に3つの論点を付記する。
叙述したように、SRIによる年金運用や投資信託が受託者責任に適っているか否かがアメリカで争点となったことは注目すべきである。なぜならばSRIが好成績を収めている限りで責任を果たしているという解釈は、そうではない場合の判断を回避しているからである。
またSRIが企業価値を高めるブランドの手段として利用される場合には、いくつもの粉飾決算の前例を見るように、表面的に倫理的な経営をしているかのようにすることを是認する可能性がある。これはストック・オプション制度のほころびを現行のSRIの方法では必ずしもうまく取り繕ってはいないことを示している。つまり企業外部のSRI格付け・調査・運用会社がどのように企業の実態を把握するかという問題であり、会社統治という内部の組織管理問題とも関連している。
最後に企業活動は規模や内容によって株主、従業員、消費者、地域住民、地球環境など広範囲のステイクホルダーに影響を及ぼす。SRIはこうした企業活動に直接関与をする方法論であるが、その主権者は財産を持った投資家であり、さらにその影響力は持ち株比率に直結している。つまり株主は会社内部の方針に関与するだけではなく、場合によっては会社外部の価値に大きく関与する可能性がある。こうした関与の正当性は単に批判されるだけではなく、真正面から論点整理と本格的議論に着手されて然るべき問題ではないだろうか。
この論文で取り上げられなかった論点として、これからSRIをどのように普及させるかについて言及できなかった。2001年までSRIの運用残高は増加の一途をたどったものの、直近の1、2年は日本株を初めとする世界的株安や運用実績の低迷などによって国内外とも下降傾向にある。2002年12月から翌年1月にかけて環境省がウェブ上で日米英投資家を対象とした調査[環境省 2003]によると、個人投資家がSRIに興味を示しても、投資や運用についての情報不足のため個人からの新規投資が伸び悩んでいるという指摘がある。つまりこれまで買い支えていたのは主に年金運用などの機関投資家であり、今後SRIが持続発展するためには個人投資家からどのように支持されるかが焦点となってくるだろう。ただし今日のSRI基準が必ずしも個人投資家に受け入れられるとは限らず、その評価基準は企業の調査方法を含めて絶えず検討を繰り替えす必要があるだろう。最後に国内では企業の環境対策について消費者が高い関心を示す傾向にあることから「エコファンド」が多くの支持を受けている。しかしSRIの理念は企業の社会的責任を環境対策のみに限定するものではない。それはたとえば雇用問題・労働環境・発展途上国での事業活動・顧客対応など、会社経営とそれに関わる人間とのあり方を問う方法論である。つまり環境対策のみに配慮すれば、企業価値は無条件に上がることを許容するべきではない。資本主義経営におけるSRIの正当性の問題はこの論点を突き詰めて考えることにある。
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注釈
[注1] 引用の見方は次の通り．[著者 出版年 （必要な場合には）文献対応記号 ページ）] または 著者[出版年 （必要な場合には）文献対応記号 ページ）]
[注2] 国内で発売されているSRI型金融商品は一般投資信託型12本、確定拠出年金型2本である．そのうち一般投資信託型10本、確定拠出年金型２本は企業の環境対策のみに特化させた投資基準で構成されている（2003年2月現在）．
[注3] FTSE社は1995年に金融新聞社Financial Timesとロンドン証券取引所が合併してできた株式指数算定会社である．
[注4] 瀬尾[2003 135]によると、投資ユニバースであるFTSE４Good Global Indexには603社（うち日本企業51社）が、FTSE４Good Global 100には100社（うち日本企業7社）が採用されている（2002年9月現在）．
[注5] モーニングスター社会的責任投資株価指標数(MS-SRI): Morningstar Socially Responsible Investment Index）http://www.morningstar.co.jp/sri/
[注6] 詳細はウェブサイトほか谷本 [2003 195-205]を参照．
[注7] 朝日ライフアセットマネジメント社「あすのはね」http://www.alamco.co.jp/asu_kifu.html
[注8] 2003年7月には住友信託銀行が企業年金向けの「社会的責任投資ファンド」を発売した。
[注9] 略奪的貸付とは返済の見込みがない者にローンを組ませ、返済が滞った段階で家などの担保物件を改修することを目的とした貸付。アメリカにおいて社会問題化している。
[注10] 谷本[2003 59]は株主提案を会社統治（労働環境や待遇の改善）と社会問題関連（地球温暖化対策、再生可能エネルギー事業への投資、海外進出や撤退）とに大別している。
[注11] SRIの歴史的経緯について詳述した邦文献は必ずしも豊富ではなく、Domini [2003 43-62]、谷本 [2003 10-49]、吉田 [2003 13-31]、長坂寿久 [2003]などを参照した。
[注12] S&P500のうちベトナム戦争に貢献すると考えられていた銘柄が40パーセントを占めていたのに対して、タバコ関連銘柄は2％だった。
[注13] SRI調査・評価・運用会社、NGOなど組織の基本情報は谷本[2003 314-336] 瀬尾[2003 134-146 ] 長坂 [2003 37-40]などを参照のこと。
[注14] 以下個別事例の詳細は長坂[14-33]を参照。 そのほかブレントスパー問題については梅津[2001 50-55]他 「通商白書 平成13年コラム」 http://www.meti.go.jp/hakusho/tsusyo/soron/H13/COL006.html 参照のこと。
[注15] 詳細は長坂[前掲]他、熱帯林行動ネットワーク http://www.jca.apc.org/jatan/jn/JN58sympo.html
[注16] 長坂[前掲]ほか、伊吹 [2003 55-57] はNIKE社のベトナムなど発展途上でのSweat Shopや、インドネシア・ドーソン工場閉鎖の波紋の経緯を、Domini[2003 56-57]はGeneral Electric社の工場移転、児童労働、サイパンの衣料業界におけるSweat Shop問題の経緯をそれぞれ取り上げている。
[注17] EIRIS: Ethical Investment Research Service http://www.eiris.org/
[注18] Ethibel http://www.ethibel.org/index.html
[注19] パブリックリソースセンター http://www.public.or.jp/
[注20] 1977年発表。1999年に改訂されGlobal Sullivan Principles of Social Responsibilityとして公表。http://globalsullivanprinciples.org/
[注21] 国際連合広報センター「国連On line」http://www.unic.or.jp/globalcomp/index.htm
[注22] The OECD Guidelines for Multinational Enterprises http://www.oecd.org/department/0,2688,en_2649_34889_1_1_1_1_1,00.html
[注23] CERES: Coalition for Environmentally Responsible Economies (http://www.ceres.org/)
[注24] SAI: Social Accountability International.http://www.sa-intl.org/ 旧CEPAA(Council on Economic Priorities Accreditation Agency) /CSR Achive http://www.csrjapan.jp/wording/s.html
[注25] AA1000: Account-Ability 1000,ISEA:Institute of Social and Ethical Accountability
[注26] 2000年改訂。ECS2000:Ethics Compliance Standard2000
現在は麗澤大学企業倫理研究センターに移管されている http://www.r-bec.org/
[注27] ISO: International Organization for Standardization http://www.iso.ch/iso/en/ISOOnline.openerpage
[注28] SRIと受託者責任の問題については土波修[2003 Tm1][2003 Tm2]が詳細に検討している。
[注29] ERISA; Employment Retirement Income Security Act / モーニングスター社「401(k)の投資教育とアドバイス] http://www.morningstar.co.jp/fund/anl_view/01_3q/010808.htm / CSR Achives「受託者責任と社会的責任投資」 http://www.csrjapan.jp/research/newsletter/007_01.html / 厚生労働省「厚生年金・国民年金の財政 用語集」http://www.mhlw.go.jp/topics/nenkin/zaisei/zaisei/yougo/you_a.html
[注30] 信認についての詳細は下記文献等参照のこと。樋口範雄 1999 『フィデューシャリー〔信認〕の時代』有斐閣 / 神田秀樹 2001「いわゆる受託者責任について：金融サービス法への構想」財務省総合政策研究所「ファイナンシャルレヴュー」 2001.March http://www.mof.go.jp/f-review/r56/r_56_098_110.pdf
[注31] Calvert Online http://www.calvert.com
[注32] 国内でも環境対策に加えて、企業の社会的貢献も銘柄選択の基準とした本格的SRI「あすのはね」(2000)、企業年金向けの「住友信託社会的責任投資ファンド」(2003)が発売されている。
[注33] 未来バンク http://www.jca.apc.org/npois/mirai/
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