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持続可能な開発目標(年表)
Sustainable Development Goals(chronology)

 

年表
1960 ケネディ・アメリカ大統領のイニシアチブにより「国連開発の10年」が国連総会で採択される。開発途上国の経済成長率を年率5%とすることが目標とされる(浜名2018 pp.17-18,20)。


1970 国連「第二次国連開発の10年」で ODAへの経済先進国の対GNP比0.7%標が採択される。開発途上国の経済成長率を年率6%、一人当たりの経済成長率を3.5%に引き上げる目標が設定される(浜名2018 p.18,21)。
1972 国連人間環境会議がストックホルムで開催。「人間環境宣言」採択。事務局長モーリス・ストロング。この実施のために国連環境計画(UNEP)が設立される。
1975 OECD「多国籍企業行動指針」→2000年改定


1980 国連環境計画(UNEP)、国際自然保護連合(IUCN)、世界自然保護基金(WWF)が提出した「世界自然保全戦略」ではじめて「持続可能な開発」概念が示される。(日能研教務部2017 p.16)
1980 国連「第三次国連開発の10年」で 貧困削減とBHNアプローチが採択される。開発途上国の経済成長率を年率7%、一人当たりの経済成長率を4.5%に引き上げる目標が設定される(浜名2018 p.22)。
1987 環境と開発に関する国際連合会議(Commission on Environment and Development)が報告書Our Common Future(『我ら共通の未来』)を公表する(議長グロ・ハーレム・ブルントラント。通称、ブルントラント委員会)。この委員委員会は「自然、環境および開発の相互関係に配慮した共通かつ相互補強的な目標を達成するための方策について勧告すること」や「国際社会が環境問題に対してより効果的に取り組む為の方策を検討すること」を目標に設置される。(小島2015p.16)
1987 モントリオール議定書の採択。オゾン層破壊物質に関する国際協定。
1988 アメリカ議会上院公聴会で、ハンセンの証言により、地球温暖化の議論が始まる。(大竹 2018 p.28)


1990 国連「子供のための世界サミット」→1898年『子供の権利条約』の実現に向けた具体的な人間開発政策。199003『万人のための教育世界宣言』踏襲(勝間2012p.3)。
1990 国連開発計画(UNDP)が『人間開発報告書』を公表する。
1990 国連「第四次国連開発の10年」で 開発援助の目的に国際社会の平和と安定があげられる。開発主体が、国際社会the international communityから、発展途上国の責任が明記される。経済発展は、社会配慮、ジェンダー、人権など複数目標のうちの1つとされる。開発途上国の経済成長率を年率7%の目標が設定される(浜名2018 p.23)。
1992 地球環境開発会議(地球サミット・リオサミット)がリオデジャネイロで開催。アジェンダ21、生物多様性条約、気候変動枠組み条約が採択される。人間が放出した温暖効果ガスが地球温暖化との関連が強いという認識が生まれる。環境・資源に加え、社会経済問題も対象とする。
1992 世界銀行『世界開発報告 環境と開発』発行。
1993 ウイーンで世界人権会議開催
1993 国連経済社会理事会組織会期で、経済社会理事会の機能委員会として「持続可能な開発委員会」(Commission on Sustainable Development: CSD)が正式に設立される。環境に加え、貧困、教育、健康など社会経済的側面の評価指標CSD指標の作成(浜名2017 p.26)
1994 カイロで国連人口開発会議開催。
1995 コペンハーゲンで「世界社会開発サミット」開催。貧困根絶をテーマとする。すべての人が保健・教育の基礎を満たすことに国際的関与が必要であることが提唱される(蟹江編 2017,p.23)(浜名2017 p.23)。「コペンハーゲン宣言」採択。2015年までにすべての国で初等教育を普及させ、る。2000年までに妊産婦死亡率を1990年水準の半分に引き下げ、2015年までにさらに半減させる。2000年までに5歳児以下の児童の栄養失調を1990年水準の半分に引き下げる。「20:20協定」締結。→1996年からの10年間を「貧困根絶の10年」として、各国政府の公共支出の少なくとも20パーセントを増額して社会開発に向け、ODAの20パーセントを社会セクターに向ける合意。(田中ほか編 2016,p.8)(勝間編2012 p.3)。
1996 北京で第4回世界女性会議開催。
1996 イスタンブールで第2回国連人間居住会議開催。
1996 経済協力開発機構(OECD)が、報告書『21世紀に向けて――開発協力を通じた貢献』Shaping the 21th Centry. the Contribution of Development Cooperationを発表。数値目標と達成期限を明示し、MDGsの原型となる「国際開発目標」(IDT:International Development Targets)が提起される。人類共通の課題解決に向けた協力認識の形成(浜名 p.23)(勝間編2012p.273)
1996 国連持続可能な開発委員会(Commission on Sustainable Development: CSG)が、報告書を公表。地球サミットの宣言内容を達成する指標をとりまとめる。環境指標に加え、貧困、教育、健康の諸側面の指標が提示される。)(小島2015 p.17)
1997 ユネスコがギリシャ・テサロニキで環境と社会に関する国際会議を開催し、持続可能性のための教育と世論の喚起をテーマとする。最終文書「テサロニキ宣言」で、環境教育を「環境と持続可能性のための教育」と表現してもかまわない、と記載。(田中ほか編2016p.13)
1997 コフィー・アナン(Kofi Annan)が第7代国連事務総長に就任し、『国連の再生――改革に向けたプログラム』Renewing the United Nations: A Programme for Reformを発表。国連開発グループ(UNDG)設立の改革案を提示する。(勝間編 2012, p.275)。
1998 ミレニアム・サミットの開催が決定される。
1999 コフィ・アナン国連事務総長が、世界経済フォーラム(ダホス会議)で、国連グローバルコンパクト(UNGC)を提案する。
1999 世界科学会議がブダペストで開かれ「科学的知識に関する世界宣言」が公表される。知識のための科学(進歩のための科学)に加え、平和のための科学、開発のための科学、社会における科学技術社会のための科学の4つの科学の意味づけがなされる(大竹 2018 p.28)。


2000 コフィ・アナン国連事務総長報告We, the People: The Role of the United nation in the 21th Century.が発表される。国際開発に関する複数の目標、プログラム、構想が示される。
20000726 国連グローバルコンパクト(UNGC)が国連本部で正式に発足する。人権、労働、環境の3領域、9原則に合意する。
200009 国連ミレニアム・サミット開催。1990年代までの主要な国際会議、サミットでの国際開発目標を統合し、共通の枠組みとして「ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)がまとめられる。8ゴール(途上国の貧困削減、初等教育とジェンダー、母子健康や感染症防止など)、21ターゲット、60指標が定められる。他方、経済発展に関する数値目標が削除される。参加国が2015年までに世界の最貧国の人々の待遇改善を支援することが合意される(国連ミレニアム宣言)。(日能研教務部編2017 p.16)(浜名 2017p.23)。「平和・安全保障・軍縮」「開発と貧困」「環境の保護」「人権・民主主義・よい統治」「弱者の保護」「アフリカへのニーズへの対応」「国連の強化」 に関する21世紀に向けた、国連加盟国の元首、政府首脳の宣言文(『国連ミレニアム宣言』)。このうち、「開発と貧困」「アフリカのニーズへの対応」「環境の保護」で、2015年までの具体的目標設定がMDGs(『国連ミレニアム開発目標』)。(勝間編2012p.4)
2001 国連ミレニアム宣言を受けてミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)が提唱される。
2002 持続可能な開発に関する世界首脳会議(地球開発サミット、ヨハネスブルグ・サミット、リオ+10)開催。日本政府とNGOが「持続可能な開発のための教育」(Education for Sustainable Development)を提唱する。(日能研教務部編 2017 p.16)(田中ほか編 2016 p.13)
2002 第57回国連総会本会議で、2005ー2014の10年間を「持続可能な開発のための教育の10年」(UNDESD,国連ESDの10年)と定める。ESDの主導機関としてユネスコが指名される。2003 ユネスコが「ESDの10年国際実施計画2005ー2014」の草案を策定(日能研教務部編 2017 p.16)。
2002 『モンテレー合意』先進国による開発援助に関する合意。2015年までにODAの対GNI比0.7%の他圧政、2010年までに少なくとも最低0.5%の達成(勝間編2012p.4)
2003 グローバル・コンパクト・ジャパン・ネットワーク(GCJN)発足。
2004 「ESDの10年国際実施計画2005ー2014」を採択。
2004 「民間セクターと開発に関する国連委員会」が報告書「企業家精神の促進――貧困者の事業支援の成功に向けて」を公表。(勝間編2012p.314)
20040624 クローバル・コンパクト・リーダーズサミットで、腐敗防止に関する原則を追加する。
2005 「持続可能な開発のための教育世界会議」をボンで開催、ボン宣言を採択(日能研教務部編2017 p.16)。
2005 持続可能な開発のための世界経済人会議(The World Business Council for Sustainable Development: WBCSD)が『開発のためのビジネス――ミレニアム開発目標を支えるビジネス・ソリューション』刊行。(勝間編 2012, p.314)
2008 国連開発計画UNDPが、グリーン・エコノミー・イニシアティブGreen Economy Initiativesを発足させ、グリーン経済報告書を発表した。グリーン・エコノミーを「環境リスクと生態上の希少性を大幅に減少させつつ、人間の福祉と社会的公平さを向上させる経済」と定義する(蟹江編 2017,p.75)。


2010 MDGs国連サミットの成果文書で、ポスト2015年開発アジェンダで言及される。(北脇ほか編2017 pp.4-5)。
2011 OECDが報告書Towards Green Growthを発表する。
201109 国連総会でコロンビア政府がリオ+20に期待する成果の1つとしてSDGsを提案し、グアテマラ政府が支持する。(蟹江編 2017,p.3)(蟹江 2018 p.8)。
201109 Earth System Governance Hakone Vision Factoryで、グアテマラ政府国連代表国連環境計画UNEP国連代表、ガバナンス研究者らにロンの結果、SDGsの設定を提案した。(蟹江編 2017,p.3)。
2012 国連事務総長の諮問グループとして「ポスト
2015年開発アジェンダ似関するハイレベルパネル」が設置される。共同議長に、インドネシア・ユドヨノ大統領、イギリス・キャメロン首相月止める。→201305に報告書を完成させ、12ゴールと54ターゲットを提示した。
20120620-22 国連持続可能な開発会議(リオ+20)開催。「グリーン経済」「持続可能な開発のための制度枠組み」をテーマとする。成果文書The Future We Want(我々の求める未来)の7パラグラフにSDGsに関する記載がなされ、MDGs継承が決定される。グアテマラ、コロンビア両政府が、環境分野似関する提案をSDGs策定に反映させることを最初に提案する(北脇ほか編 2017 p.5)。
201207 国連事務総長報告書A Life of Dignity for all公表。このなかで15アクションが示される。201709に国連総会MDGs特別イベントが開催される。(北脇ほか編2017 pp.5)。
20130122-201407 SDGsに向けたオープン・ワーキング・グループの専門家30名が決定され、合計13回の作業部会が開かれる。共同議長をケニア・カマウ大使とハンガリー・コロシ大使が務める。アジア・太平洋、アフリカ、西ヨーロッパ、東ヨーロッパ、ラテンアメリカ・カリブ諸国の5地域で、2-3カ国のグループを形成し、SDGs17ゴールや169ターゲットの具体案を議論して、全体会合に提起するプロセスがとられた。(蟹江編 2017,p.3)(山形 2015,p.23)(北脇ほか編2017 p.5)
20130314-15 SDGsに向けた初めてのオープン・ワーキング・グループ開催。ハンガリー国連大使チャバ・コロシ、ケニア国連大使マチャリア・カマウマン氏を共同議長に選出。以降、2014年7月までワーキンググループが13回開催される(蟹江編 2017,p.3)。
2013 第37回ユネスコ総会で「持続可能な開発のための教育の10年」の後継プログラムとして「ESDに関するグローバル・アクション・プログラム(GAP)」を採択する。(日能研教務部編2017 p.16)。
201409 ワーキンググループの提案を2015年開発アジェンダに統合することを決定(蟹江編 2017,p.5)。
201412 国連事務総長がポスト2015年開発アジェンダに関する統合報告書を提示(蟹江編 2017,p.5)。
2014 「ESDに関するユネスコ会議」に関する会合が岡山市と名古屋市で開催される(日能研教務部編2017 p.16)。 。
2015 パリ条約締結。気候変動に関する取り組みに合意が形成される。→2016発効
201501ー08 加盟国間交渉が全8回開かれる。
2015(国連創設70周年) 国連開発計画(UNDP)が、ミレニアム開発目標報告書を発行する。(北脇ほか編 2017 p.7)
201503 国連サミットで「持続可能な開発のための2030アジェンダ」を採択する。
201503 国連防災世界会議が仙台で開催される。
201507 第3回開発資金会議開催(エチオピア)。成果文書「アディスアベバ行動目標」採択。→この目標がSDGsのアジェンダ(60-71段落の実施手段とグローバルパートナーシップに記載される。(市民社会ネットワーク編 2017, p.2)
201509 国連事務総長がSDGs決定に向けた議論を整理する。
20150925 国連本部で193加盟国により「我々の世界を変革する――持続可能な開発のための2030アジェンダ」(Transforming our world: 2030 Agenda for Sustainable Development)が採択される。このなかに「持続可能な開発目標(SDGs)」が含まれる。20160101 発効。(日能研教務部2017 p.13)
201605 伊勢志摩サミットで安部首相がSDGsの実現に積極的に取り組むことを表明。内閣総理大臣を本部長とする「SDGs推進本部」の設置を決定。(SDGs市民社会ネットワーク 編2017 p.2)
201606 第47会国連統計委員会で、SDGsの指標案IAEG-SEDsで合意される。(開発教育協会編2017 p.8)
201609 NGO/GRI、国連責任投資原則(PRI)、シンクタンクのToday Morningが設立したシンクタンクSustain,コンサルティング企業Volansの提携で、SDGs達成のプラットフォーム構築を発表。(日本ビジネス編2018 p.30)
201609 SDGs推進円卓会議設置。(SDGs市民社会ネットワーク 編 2017 p.2)
201612 持続可能な開発目標推進本部が発足。SDGs実施指針が閣議決定される。実施指針には、ビジョン、実施原則、フォロアップの本文と140項目の政府施策の付表が記載された。(開発教育協会編2017 p.1)(鈴木 2018 p.49)
201612 中央教育審議会答申「幼稚園、小学校、中学校、高等学校および特別支援学校の学習指導の改善および必要な方針等について」で、SDGsが言及される。(開発教育協会編2017 p.2)
201710 年金積立管理運用独立行政法人(GPIF)が、ESGを考慮した投資原則を公表する。
201711 日本経済団体連合会が11年ぶりに企業行動憲章を改定する。Society 5.0を通じたSDGsの達成を憲章に反映させる。
201712 第1回ジャパンSDGsアワードの表彰が行われる。
2019(予定) 第1回SDGs閣僚級ハイレベル政治フォーラム開催予定。4年に1度、進捗状況をレビュー(SDGs市民社会ネットワーク 編 2017 p.2)

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