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Mill, John Stuart. 1871. PRINCIPLES OF POLITICAL ECONOMY WITH SOME OF THEIR APPLICATION TO SOCIAL PHILOSOPHY (7th).
(末永茂喜 訳 1959『経済学原理 岩波書店 岩波文庫白116-1,362P)


目次


訳者より
序文
緒論


第一篇 生産




第一章 生産要件について

第二章 生産要因としての労働について

第三章 不生産的労働について

第四章 資本について

第五章 資本に関する根本的諸命題

第六章 流動資本と固定資本とについて

第七章 生産諸要因の生産性の大小を決定する原因について

第八章 協業、すなわち労働の結合について

第九章 大規模生産と小規模生産とについて

第十章 労働増加の法則について

第十一章 労働増加の法則について

第十二章 土地からの生産増加の法則について

第十三章 前記の法則からの帰結


第二篇 分配



第三篇 交換



第四篇 生産および分配に及ぼす社会の進歩の影響



第五篇 政府の影響について





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第三章 不生産的労働について

 「多数の著述家たちは、労働の結果がある物質的対象の形をとって感知することができ、人から人へと譲渡することができるものでなくては、その労働を生産的労働に分類しようとしなかった。他の著述家(マカロック氏やセー氏もその一人である)は、不生産という言葉は誹謗の言葉であるとみなし、およそ有用なりとみられる労働、すなわち費用に値する福利もしくは快楽を生ずる労働には、不生産的という名称を付してはならないとしている。官吏、陸海軍人、医師、弁護士、教師、音楽家、舞踏家、俳優、家事使用人等の労働は、いやしくもこれらの人々が現実的に給料に相当する仕事をなし、その人数もその仕事にとって必要とされる以上に多くないばあいには、不生産という言葉をもってこれを『汚辱』すべきではない、と、これらの著述家たちは言っている」(P99-100)

 「労働は物を創造するものではなく、効用を創造するものである。またわれわれは、ものそのものを消費しうるものでもなければ、破壊しうるものでもない。これらの物を構成する物質は、多かれ少なかれ形を変えて存続するのであって、現実的に消費されたものは,それらの物がそのために使用されたところの目的に適した、それの性質のみである」(P101)

 「(…)ある物が生産されるという意味を含んでいるが、このある物は、普通の解釈では効用ではなくて『富』であると思われる。生産的労働とは,富を生産する労働という意味である」(P102)

 「物が生産されたのち、使用されるまでのあいだに多少の期間とそれを保存しうるのでなくては、そのものは富と見えることができない、と私は思う。なぜかといえば、たとえこの種の物がいかに多量に生産され享受されようとも、これらのものに恵まれた人は富裕ともならず、境遇が改善されもしないからである」(P105)

 「私は本書において富みについて述べるときには、富とはひとり物質的と見と呼ばれるもののみであり、生産的労働とは種々なる勤労のうちひとり物質的な諸対象に体現される効用を生産するもののみであると介することにしよう。(…)よし直接的成果としては物質的生産物を生み出さない労働であっても、それが終局の結果として物質的生産物の増加をきたすかぎりは、それを生産的労働と呼ぶのを拒まないであろう」(P105)

 「[物質的生産物を生み出さない労働であっても]このような労働は(…)間接的または鵜飼的に生産的名労働であるということができよう。この種の労働は、社会の物質的生産物をいっそう裕福ならしめるという点ですべて一致しており、物質的の富を増加されるもの、または増加させる傾向をもつものである」(P106)

 「およそ蓄積せられた永続的な享楽手段の蓄蔵を増すことなく、その場その場の享楽に終わってしまうところの労働は、経済学の用語法ではいずれも不生産的労働である。また(…)福利のうちに物質的生産物が含まれていないところの労働、このような労働はこれを不生産的労働の部類にいれなければならぬ。友人の命を救う労働でも、この友人が生産的労働者であって、その生産するところの物が消費するものより多いというのでなければ、それは生産的労働ではない」(P108)

 「もっとも不生産労働によって、社会が裕福になるということはないけれども、個人が裕福になりうるものである。」(P109)

 「豊かな国においてその年年の生産物の大部分が不生産的消費の需要を満たしているのを見て悲しむのは、大きな間違いというべきである。社会がその必需品の中から多くのものを割いて、これを人生の歓楽やあらゆる高級な用途にあてうるということは、何も悲しむに当たらないことである。一社会の生産物のこの部分は、その社会の単なる生存上の必要以外のあらゆる需要を満たすべき基金であり、社会の享楽手段の尺度であり、生産的ならざるすべての目的を達成する値からの尺度である。」(P115-6)

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041030作成
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